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2008年1月 6日 (日)

ハワイアーカイブス

Photo 昨日30年ぶりぐらいにサントリー「角」を買いました。学生時代「コンパ」というスタイルのバーが流行りました。時々は頑張って角をボトルキープしていましたが、普通はホワイトでしたが。そういう意味で「角」のボトルを見るとなんとなく懐かしいのです。
頑張ってもオールドは到底無理、レッドは薬品のアルコールを薄めて飲んでいるという感じでだめでした。(当時純粋エチル・アルコールを薄めて飲んだことがある)
サントリーの安いウイスキーの製品群が「トリス」です。
トリスのアニメCMは当時大変評判を呼びました。ヒッチコックのような体形の40代の男がトリスのグラスを開けるたびに足元からだんだん酔いが廻り、最後に顔まで赤くなって幸せになるというものです。
このトリスはレッド以下のクラスですから、私にはとても飲めるものではありませんでした。
「トリスを飲んでハワイに行こう」とうキャッチコピーには反応しましたが。

さて、30年前新婚旅行が初めてのハワイでしたが、当時は大半のカップルがお土産にデューティー・フリーで上限4本の洋酒を買っていました。
当初はジョニ黒、そしてそれより上のスコッチウイスキーとしてスイング、さらにブックナポレオンとかワイルドターキーとか色々変遷しました。ここ10年以上デューティーフリーなんてまず行きません。
洋酒に関してはこの30年で隔世の感があります。かつて垂涎の的、月給では5本ぐらいしか買えなかった洋酒が現在3000円ぐらいで買えてしまいます。実質一桁以上安くなっています。

ということで今回は横須賀に住んでいる団塊世代のハワイ薀蓄のUPです。
私が「ハワイ」という言葉を最初に聞いたのは「憧れのハワイ航路」です。
私が生まれた昭和23年のヒット曲だそうですが、昭和30年代の紅白歌合戦で岡晴夫さんが何回も歌っていましたので、歌うことができます。
この頃のハワイは当然飛行機でないのですが、この歌は観光旅行でなく、ハワイ移民に人生をかけた歌だということを最近知りました。

昭和20年代ではハワイまで1ヶ月は確実にかかったでしょうね。確かに観光旅行は成り立ちません。この歌の発売は最初の官約移民から50年以上たっています。また大きな犠牲を払い日系人の地位向上を果たした第442連隊の英雄帰還からそれほどたっていない時期にあたりますから、日本人は高く評価されていたのでしょうね。当時のワイキキにはモアナホテルぐらいしかなかったと思います。

ところで昭和40年代初、京急線が久里浜から三浦海岸まで伸びました。当時の三浦海岸は半農半漁を生業にしていた人が大半で、漁業権をもつ彼らが海の家を作りました。水道が間に合わなくなるとシャワーに魚を入れる桶の水が使われていました。(魚臭いのです)
京急はこの海岸を「東洋のデートナビーチ」と銘打って大攻勢を掛けるため、海岸に特設ステージを設け、ハワイから一流のフラダンサーを招聘して1日2回ステージを開演してました。
今では信じられないでしょうが、当時若い人は競って三浦海岸に行き、家族連れは昔ながらの逗子・鎌倉という図式でした。
私は毎日ベレGで三浦海岸までフラを見に行っていました。当時海岸の駐車場は無料でしたが、夏のシーズンでも空きスペースがあり、いつで停まれました。

それにしても一方ではアメリカ東海岸のフロリダと銘打ちながらフラとは不思議ですね。当時はフラと言っても、タヒチアン、マオリの踊りなんて何でもありでした。(常磐ハワイアンセンターもタヒチアンダンスが売りでした。映画フラガールでもそうですね)
そんな状況ですからアメリカの有名な観光地であるフロリダとハワイは全く違うのですが、気にしなかったのでしょう。

それにしても三浦海岸開通前からフラダンサーを招聘することを決めていたのに(開通直後からフラでした)なぜ「東洋のワイキキ」にしなかったのでしょう。若い人向けに「デートナ」という響きがほしかったのでしょうか。

そして1978年でやっとリアルなハワイを見ました。新婚旅行は旅行代理店の戦略により箱根・熱海→日南海岸・北海道→沖縄→グアムは完了し、いよいよハワイの時代に突入していました。
1ドル240円、4泊6日で15万円ぐらいが相場でした。今の物価になおすと40万円ぐらいになると思います。
私は色々探し、15万円で5泊7日(ニューオオタニ、カイマナビーチのマウントビュー)、パンナムでした。最近知ったのですが、我々より1年前に行った友人は豪華な新婚ツアー(サーフライダーのオーシャンフロント)で40万円ぐらいだったとのこと。
私たちはこの新婚旅行でハワイにはまりました。帰国の飛行機で何が何でも来年もハワイと誓い合いました。翌年、希望が叶い憧れのシェラトンとなりました。

さて、新婚旅行ではパールカントリークラブでラウンドしました。それ以来ハワイではゴルフをしたことはありません。来年の6月に友人夫婦とラグーに同宿しますので、30年ぶりにハワイでゴルフをしようと思います。
今でこそハワイでレンタカーやゴルフは当たり前ですが、ゴルフ場は本土から来た中高年ばかりでした。

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コメント

大変遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。
「トリスを飲んでハワイに行こう」はなんとなく覚えています。あのおじさんも。
私も独身時代は、お土産にDFS等でタバコとお酒はよく買いました。今は主人のお友達にお酒を1本買う程度です。
ハワイに行くと、食材を(それも重いものが多い)買ってくるので、行きは軽く帰りは重いんです。いつも超過料金を取られないかヒヤヒヤです。
この間のフロリダは、行きの方が重かったです。サトウのごはん・水・携帯用カイロ等を持っていったので。HEAVYのシールがスーツケースに貼られていました。
帰りはチェックイン手続きの近くに50kgが超えているか確認できるハカリがあり、事前チェックできてよかったです。ホノルル空港にもあればいいのにと思いました。

投稿: うさぎ | 2008年1月10日 (木) 23:15

新婚旅行の30年前、DFSの前でスコールにあい、雨宿りのため手をつないで(当時は仲が良かったので)走ったところ私が滑って転びそうになりました。
その瞬間葉手を強く引っ張ったため逆に葉子が激しく転倒、ひざを痛めました。歩けなくなりその場で15分ぐらい落ち着くのを待っていると、タクシーが止まり日本語(韓国系でした)でどうしたと聞かれたので、転倒して足を痛めたと答えたところ、救急病院に行ったほうが良いとのことで、クイーンズエマージェンシーに行きました。その後は足を固定する装具と松葉杖での新婚旅行になりました。DFS(今は当時の面影はありませんが)というとその事を思い出します。(今でも葉子のひざには問題があります。)

7月のハワイは葉子はホノルルから米国に行きました。私のバッグは葉子のお土産も満載、重量オーバーで30ドル払いました。
それにこりて12月のハワイでは2週間用のスーツケースを3つ持って行きました。行きはひとつでも十分の荷物しかありませんでしたが、帰りは全てぎりぎりの重量でした。
私は15年ぐらいジムに通っおり、片手でカールを20kgでやっていますので(普通の成人男性は10kgぐらい)持ち上げればかなり正確な重量が分かります。でもホテルロビーにはかりがあればといつも思います。
ところでUAも米国エアーは50ポンド(約23kg)が限度ですが、JALは30kgまでOKだそうです。

フロリダはまた行きたいと思ってますが、遠いのでなかなかですね。行く機会があればキー上ストも是非行きたいと考えています。

投稿: IVYリーガーズ | 2008年1月11日 (金) 07:11

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