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2011年3月28日 (月)

官約移民 福島の農業者はオーストラリアへ

このブログは原発事故の前はハワイを中心に書いていましたが、最近は原発のことオンリーになりました。
今回の原発によって仕事を失った人々に参考になる話をしたいと思います。

今から100年以上前になりますが精糖業がハワイを支えていました。
その産業に現地人が従事していましたが、米国人達が持ち込んだウイルスに罹患、免疫のない多数の現地人が亡くなり、労働者が不足するようになりました。

そのためハワイは世界中から移民を求めたのです。世界中から成功を夢見た若者はハワイに向かいました。

沢山の日本人もハワイに渡りました。特に知事が積極的に薦めた広島県人の移民が多かったのです。今のハワイでも日系人に祖先の出身地をお聞きすると広島という方は多いです。

しかし夢と現実は大違いでサトウキビ畑での労働は過酷なものでした。
強烈な太陽、サトウキビの笹のようにエッジがとがった葉っぱ。

我々が観光で行くハワイは、まさに常夏、いつ行ってもTシャツで過ごせますが、当時のサトウキビ畑で働いていた日本人は長袖・長ズボン、大きな麦わら帽子で太陽と砂糖キビのナイフのような葉を防いでいたのです。

そんな過酷な条件のなかにも拘わらず日本人移民はサトウキビ畑の仕事を終えると副業で稼ぎ、そのお金を子供の教育に費やしたのです。
その結果2世は学校先生になったりお店をもつようになり、3世では政治家や医者になる人が続出しました。(かつて日系人がハワイ州知事になったこともあります)

プランテーション・ビレッジという当時のサトウキビ工場と移民の生活を復刻したテーマパークがオアフにあります。

当時の農場主はワーカーに対してA、B、Cの3ランクのバッジを付けさせていました。Aランクのバッジを付けたワーカーは食堂などだけでなくあらゆる場面で優遇されていたようです。

Aランクはスペイン等白人の移民がつけるものでしたが、アジア人では唯一日本人もそれを与えられていたのです。(ショーケースに飾られている3つのバッジを見ると日本人としての誇りを感じます)
日本人が如何にしっかり働いたということなのでしょうね。

その後パールハーバーから太平洋戦争が始りました。日系移民は敵国民と見なされ、財産は没収され収容所に入れられました。
アメリカ人として認めらていたのに拘わらず、そんな理不尽な扱いを受けた日系2世は911部隊としてヨーロッパ戦線に出兵、勇敢に戦いました。尊い犠牲のなか、アメリカ軍史上最大の戦果を挙げたのです。

現在の日本人にとってハワイはもっとも人気のある観光地ですが、上のような経緯があるので現地人から素晴らしいホスピタリティーを受けられるのす。

さて、オーストラリアにはワーキング・ホリデーという制度があります,外国人がオーストラリアで働きながら英語等を勉強する機会を得るものです。
年齢制限や滞在期間等の条件がありますが、このワーキングホリデーを足がかりにオーストラリア社会に溶け込み成功した日本人は少なくありません。

日本政府がオーストラリア政府と交渉し、ワーキングホリデーの制限を緩和してもらい、例えば職場を失った若い農業者がオーストラリアで働ける様にしてもらいたいと思います。

東北人の粘り強い、我慢強い性格は広大で不毛な土地だらけのオーストラリアでも問題なく働けると思います。過去の日系人が証明しています。

日豪の農業者の交流がはかられ、食料問題の解決にもなり、大きな夢がもてるこの一石三鳥の施策を是非進めてほしいと思います。

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コメント

宇宙の成り立ち、古代文明の有様、外国の実情などを知る場合にも、我々は英語を使わなくてはならない。
外国人が我々日本人を理解する場合にも、英語を通して行われている。かな・漢字を通して理解されているわけではない。
だから、英語は、我々にとって単なる一外国語ではなく、とりわけ重要な国際語というにふさわしい情報交換の手段となっている。

英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

日本人は、国連中心主義が好きなようだ。
国連の議場で世界の人々を説得するためには、自己の言葉が冴えわたる必要がある。
議論のできない人があえて国連中心主義を唱えるのは、自己の他力本願を表明するための手段ということになるのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


投稿: noga | 2011年3月28日 (月) 16:30

日本国内でも外資系企業に就職してしまった場合は状況が一変します。 使用している用語がアブリビエーションばかりで、社内用語のブルーの表紙の専用辞書があるくらいです。 報告書も全て英語で、就業時間後はボランティアエデュケーションで週3回2時間英語で時事について討論するクラスが開催されています。 時々時間内にディベートクラスとプレゼンテーションクラスにどっぷり漬かっていれば英語のきらいな人も自然と英語で考えられるようになり、ネイティブの先生もディスカッションで打ち負かすことも可能となります。 TOEICの点数もある一定のレベルに達しますと一人で海外出張させてもらえますが、問題は海外出張先が英語圏とは限らないことです。

国際社会で生き抜く(出張先の会議で自分の提案が受け入れられたり、国際学会のオーラルプレゼンテーションで注目を浴びるのはもちろんのこと、さまざまな言語を話す外国人にまざってプロジェクトを予定どうり推進する)ためには英語はもちろんのこと他に2~3ヶ国語をかたことでもよいですから習得する必要があります。 こういう場合は「教えてもらう」のではなく知識を盗んででも自分のものにしようとする積極的な参画が必要となります。 こういった時には高校、大学でどれだけ教養+専門を身につけて知識のポケットを多くもっていたかで可能性が広がっていきます。 どこの大学でなにを専攻して卒業したかではなく、今何を学んでどういうふうに役立てていくかのビジョンと実行にむけた努力をしているかが重要なんです。

狭い範囲の専門家はよく見かけますが、広い分野で独創的な知見をもって専門家の常識を覆して本質を見抜く目を養う人材育成が日本では年齢には関係なく特に重要と考えています。 日本を飛び出して海外から見た日本を見ると日本の良いところがよく見えてくるものです。 また金融も含めて日本国内では制限されて入ってこない情報も海外ではよく入ってきます。 そういう意味ではパッケージツアーのホテルではなくハワイに限らす海外のコンドミニアムに泊まる(里帰り?)のも良い経験です。  日本語ではなく英語で現地の方に声をかければ、自分の発音のおかしなところも親切に教えてもらえます。 こういった機会を作って積極的にブラシアップしてゆけば国際的な競争力も身につけていけると思います。 

他力本願の多い中、自力本願で積極的に物事にあたって困難を乗り越えていく人が一人でも増えていくことを期待します。

飼いならされたアヒルではなく、野鴨のように。

投稿: カマアイナ | 2011年3月28日 (月) 23:34

私が30歳の時,レーザーディスクプレイヤーの商品化が完成しました.
そのことIBMがコンピューターのメモリーとしてレーザーディスクを使いたいとのことで日本IBMの副社長以下パイオニアの中央研究所に来研しました.(FBIからの以来で犯罪者の指紋等をレーザーディスクに入れたかったのです)
その件で50代,30代の米国人と40代の日本人女性が来ました.
名刺交換のとき50代の米国人の所に真っ先に行きましたが,なんとなく変な感じを受けました.最後に日本人女性と名刺こうかんしましたが,その名刺をみて本と運いびっくりしました.
日本人女性は当然通訳と思ったのですが彼女が副社長だったのです.
その時の驚きは今も覚えています.

息子は今春外資系企業に就職いたします.この会社は新人研修のため入社時期が4月から9月まであり,息子は5月に入社します.
息子は今後カマアイナさんと同じ経験を繰り返すのでしょうね.

20年ほど前にトヨタにいた中・高の仲間が日本ベンツにヘッドハントされました.
彼は日本人トップとしてドイツ本社の考えを日本人従業員に伝えるため大変だったようです.
社内での文書は英語だったそうです.
中・高の校長・副校長がたまたまドイツ人だったのでドイツ人の考え方はある程度分かっていたのでどうにかやれたそうです.

その後本社はクライスラーを買収しました結果米国人もやってきました.
文書はもともと英語だったので問題ないのですが,ドイツ人,米国人,日本人の考え方の違いに調整に疲れて毛局辞めました.

女房は20年近く横須賀基地で日本家庭慮利(カツどん,天ぷら,手巻き,しゃぶしゃぶ等)を教えています.(今回の原発事故で米軍人家庭は大半が帰国しましたので無期限の中止になりましたが)

そんな関係もあり帰国した米軍将校夫人との付き合いも結構あります.
今年の私のハワイは独立記念日の週に行きます.
女房は6月15日から本土に行き彼女らの家を泊まり歩き,7月2日にラグーンで落ち合います.
料理に関する単語だったら通訳を仕事にしている人より知っていると思います.
味の表現法なんてビジネスパーソンは殆んど知らないですね.

投稿: ふ み お | 2011年3月29日 (火) 06:32

ふみお様、独立記念日にハワイに行くのはいいですね。
あちこちで花火が見えます。

私も一度独立記念日の週にラグーンタワーのエバ側で一番南の部屋に泊まったことがありました。 ちょうどヘッドハンティングされた会社に出社するまでの休暇を利用して滞在していましたが、部屋のラナイからヒルトンの花火とともにアラモアナのところで上がっている打上花火も見え最高の景色でした。 このときはコンドミニアムをアップグレード(1BR → 2BR)したり、パイロット用の緊急遭難信号発信器付きの腕時計(Emergency)を購入したりして密かに自分の独立記念日としても意味深いものでした。 帰国してから時計を使用するために航空無線通信士の資格もとりました。

投稿: カマアイナ | 2011年3月30日 (水) 23:46

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