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2015年5月 4日 (月)

臨死体験 幽体離脱

臨死体験を特集したNHKBSの番組を見ました。

私も臨死体験をしましたので、私の考えをUPしたいと思います。
その時、どうにか生還したので、今回の大動脈解離で生死の境にいたときもある程度冷静にいられました。
あの時以降の時間はある意味で儲けものと考えているからです。
今から20数年前横須賀基地内に住む将校家族に招待されました。
ディナーはステーキでした。
とても筋張っていました。なかなかナイフで切れなかったので多少大きな肉片を食べたのですが、のどに詰まってしまいました。
暫く飲み込もうと努力したのですが、だめでした。
それを奥さんが気が付き、私の後ろに回り込み胃のあたりを押しました。
食堂に詰まると生体反応で気道を占めてしまい、窒息するのです。
なので胃を押してその空気で吐き出させるのです。
しかし、奥さんはうまく行かず、ご主人が代わりました。
これもだめでした。最後の手段として立ち上がって力いっぱい
胸を狭めました。
すると肉がぽとりと床に落ちました。
これで息が出来なかったらおしまいと、恐る恐る息をしたところ
出来たのです。
その様子を見ていた小学生ぐらいのお子さん(男の子)はビックリして
泣き出してしまいました。
息ができるまで1分ぐらいはあったと思います。
その間私は女房に「さよなら」と言いたかったのですが、声がでません。
同時に明日の朝日新聞の神奈川版には私のことが3行ぐらい載るだろうとも考えました。
それ以外にも同時並行で沢山のことを考えました。
こんな脳の使い方は初めての経験です。
その中でいわゆる「幽体離脱」も経験しました。
自分の体が天井から見たように見えるのです。
私は神秘体験という話は文科系の人の話だと思います。
人間は死を目の前に迎えると火事場の馬鹿力ではありませんが、生き残るために脳も最大限機能します。
今までの経験を含め、生還するためのあらゆる方法について考えるということが私の経験からの結論です。
死を迎えるかもしれないときに落ち着いて客観的に考えることが幽体離脱みたいな感覚を与えるのです。
宗教的、哲学的な経験のない幼児には臨死体験はないでしょうし、交通事故で一瞬で亡くなった人にも臨死体験はないと思います。
あくまでこのままでは死んでしまうと意識する時間がある人に対して「臨死体験」が起こるのです。

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