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2015年9月 2日 (水)

佐野氏 エンブレム 団塊の世代

東京オリンピックのエンブレムが取り下げられました。遅きに失した感じもしますが。

このゴタゴタは大局的には原発事故同様日本の国際的な評価に甚大な影響を与えます。

今回のような事件・現象がおこることは我々団塊の世代からは10年以上前より予想されたことです。
私は現役時代メカ屋で、レーザーディスクや自動車用液晶表示装置の開発、商品化を担当しました。

製品の設計は我々の時代ではまず手書きスケッチから始まります。(ポンチ絵)
沢山のアイディアスケッチを書き、キーになる要素の部分について数案をドラフターで製図し、外注で機械加工をします。
それを組立て機能・性能を調べますが、最初からうまくいくはずはありません。
その部品を工作室に持って行き、自分で修正したり、また一部は時間短縮のため自分で作ります。
なので様々な工作機械の使い方、その加工精度についても理解が深まり、外注するときに役にたつ知見になります。

これを繰り返すことによりプロトモデルまでに至ります。
プロトを数回作って納得のいくものになると、いよいよ製品設計の段階にはいります。
ポンチ絵から量産品まで自分の五感によって作業をすすめるのです。

しかし団塊の一世代下からはCADになりました。
他人の作った図面をコピペするだけで製品図面が完成します。
CAD図面はそのまま機械加工ができますので、設計者の手を煩わすことなくプロトモデルができてしまうのです。
この技術革新が日本人の強みを抹消してしまいました。
管理職になった時に現在の日本を予想しました。

こんな手法では技術者の創造性は発揮できませんし、創造性を伸ばすこともできません。
今回のエンブレムのデザインについても同じことです。
我々世代のデザイナーは手書きで何枚も何枚もデザイン案を書いていました。
デザイン案は鉛筆の選定、削り方でも大いに出来栄えが変わりますので、デザイナーにとってそれらは大事な作業でした。
三菱の鉛筆は世界最高峰にあり、知り合いの著名なデザイナーは海外出張の時大量の三菱鉛筆をもって行き、海外のデザイナー仲間にプレゼントしていました。
その卓越した書き味は物凄く喜ばれたそうです、なくなると送ってくれとの依頼もあったそうです。

パソコンでそれなりの音楽、デザイン、写真などが出来てしまうことにより、人の能力を向上させる機会が減ってしまいました。
自動車の普及により歩くことが苦手になった人が増えたことと同じ事でしょうが。
こんな状態なので、デザイナーはその資質より人脈がより大事になります。
今回の事件で佐野デザイン事務所は間違いなく破綻することになります。
彼は白々しく今後の仕事で信頼を回復すると言っていますが、デザイナーの資質がないのですから、どうにもなりません。
共犯と見られることを恐れる利権集団に逃げられるでしょう。

デザイン事務所のスタッフは失業することになります。
ただこれはピンチというよりチャンスでもあります。

彼らは利権集団の最下層に位置し、毎日コピペだけを繰り返していたわけです。全く将来が見えない仕事です。
利権集団から離れ、自分の能力に賭けるチャンスがでてきたということです。本来のデザイナーの仕事になります。
ところで再度エンブレムのデザインについて公募をするとのこと。
オリンピックはもちろん最大規模の国際的行事です。
審査委員長は日本人でも良いですが、審査員の大半は外国人にすべきです。
日本人と違った観点で評価しますし、何よりも利権からは少なくとも遠くなります。

ザハ・ハディッドは建設費の問題で頓挫しましたが、あのデザインはコピペでは決して作れません。
エンブレムは二次元で、実体のある物(建築物)ではないのですから、彼女のデザインでも全く問題がありません。彼女のデザインするエンブレムを見てみたいものです。
ところで未だにオリンピックの組織委員会事務局長は佐野氏の嘘をそのまま垂れ流しています。
自分への責任回避に必死です。

こんな人間が事務局長を続けたら東京オリンピックは世紀の大失敗になるでしょう。
安保と言いオリンピックと言い日本の将来を暗示しているのでしょう。

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