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2016年8月29日 (月)

台風10号 陸上競技

迷走台風10号が火曜日に関東地方に上陸するかもしれません。

この10号の中心気圧は940hpだとのこと。
この気圧は普段だと1500メートルの山と同じになります。
海面は70cmぐらい吸い上げられることになります。
満潮+海からの強風が重なれば間違いなく高潮になります。
水は95℃ぐらいで沸騰しますが、ごはんは普通に炊けるでしょう。

瞬間的な風速は30メートル、時速108kmぐらいになりそうです。
この状況で100メートル競走をやったらどうなるでしょう。

追い風参考記録(笑)ですが、日本の選手でも9.5秒ぐらいで走れるでしょう。
100メートルでは最高速度が時速40kmメートル程度ですが、それでも後ろから時速60kmの風で押されることになります。
ゴールをしたあとなかなか止まれないでしょうが。

通常で最高速度70kmぐらいになる競輪なら、時速100kmを超えるでしょう。向かい風になったらまったく進まなくなりますが。
空気が薄くなるのでマラソンはケニアやエチオピアにまったくたちうちできなくなるでしょう。

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2016年8月26日 (金)

世界各地での地震

最近ミャンマーやイタリアで大地震が起こりました。
双方歴史的な建築物が倒壊しました。

歴史遺産ともいえる建物が壊れたということは、長い間地震がなかったということになります。

日本も想定以上の地震がおこると考えないといけないのでは。
原発再稼働を進める政府の考えには全く同意できません。

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2016年8月20日 (土)

バーベルの変遷

オリンピックもあとわずかになりました。
水谷が中国選手を破ったことには驚きましたが、100メートル×4での銀はあり得ない、まさに奇跡というレベルだと思います。
4人のタイムを合計したら決勝に行くことも難しいと思います。
しかし、バトンタッチの技術、そして各人のベストを組み合させた結果銀メダルになりました。

日本にはオリンピックのブックメーカーはあり得ませんが、世界では間違いなくあるでしょう。

連勝の馬券は万馬券どころでないでしょうね。

さて、これは重量挙げの102kgのバーベルです。
東京オリンピックのときは金属光沢無色でしたが、随分カラフルになりました。

当時はプレス、スナッチ、ジャークの3つのトータルで争われましたが、プレスは反則の判定が難しく、廃止されました。
本来は手の力だけで持ち上げる、文字通り力比べで一番好きな種目だったのですが。
現在の種目はほぼ大腿筋の力とスピードで決まってしまいます。

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シャプト20kgとカラー(留め金)一個で2.5kgで計25kgです。
外の小さなプレートは一枚1kgですね。
すると赤のプレート2枚と黄緑のプレートで75kgということになり、赤のプレートは25kg、黄緑は12.5kgということになるでしょうか?
厚さが半分ぐらいですので多分あっていると思います。

東京オリンピックのころは最大が20kgで、次は10kg、5kg、2.5kg、そして1,25kgが用意されていました。
20kg以外は直径が小さいものでした。

当時の試技は2.5kg単位で102kgなんての重量設定はあり得ませんでした。

またこの写真の小さなプレートはカラーの外にありますが、シャフトに通してあるだけなんてことはあり得ませんでした。必ずカラーで締めていました。
小さなプレートのセンターの穴にはゴムとか滑らない素材が塗っておるのでしょう。

シャフトのプレートをはめるところは太くなっており、ベアリングが入れてあります。
プレートをカラーできつく締めてもシャフトとは自由に回転できるようになっています。

シャフトとプレートが固定されていると、持ち上げる際にプレートが回転し、持ち上げた後手首を痛めることになるからです。

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2016年8月14日 (日)

我が家のハワイ

毎日暑い日が続きます。
リビングの出窓からです。
ブーゲンは地植え、プルメリアは鉢植えです。

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ハイビスカスやブーゲンビレアは香りがありませんが、プルメリアはハワイを思わせる香りを漂わせています。

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しだれブーゲン?が好きです。

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このブーゲンは枝を玄関まで伸ばしています。

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ハイビスカスはブーゲンビレアと20年前ぐらい前に地植えしました。毎日10数輪は咲いています。

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2016年8月13日 (土)

渋谷 スクランブル交差点

昨日6時過ぎに渋谷のスクランブル交差点を通りました。
TVやネットで外国人観光客がわざわざここに来るとのことでしたが、余りの人数に驚きました。
最近はお昼ごろしか通りませんし、夕方に通ったのは45年前ぐらいのことになります。
大学が大岡山にあり、また同じ研究室に東急3代目の五島哲がいたこともあり、渋谷には割とよくいきました。

当時はこの電車に乗っていました。

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その混雑ぶりです。
私は横須賀に住んでいるので米国人には慣れていますが、中国人や東南アジア人の挙動は違いますね。

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2016年8月 5日 (金)

横須賀は今は熱帯

横須賀は今熱帯地方です。
20年前隣にハイビスカスとブーゲンビレアを歌たのですが、今では枝が入り混じって凝んな感じです。ハワイでも見たことはありません。

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こちらは鉢植えのプルメリアです。
たった一輪でもハワイの香りを発散しています。

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北朝鮮 ミサイル 迎撃は不可能

北朝鮮がミサイルをうち続けています。
今回は射程距離が日本全土をカバーするノドンだそうです。
ノドンは発射してから10分以内に日本に届きます。
今回は移動式の発射台が使われたそうです。
これに対して防衛省は迎撃態勢をより万全にするように発表しています。

どこから発射されるかわからないミサイルを見つけ、数分以内で迎撃するというのは不可能です。

知り合いの米軍将校はかつて「ミサイル迎撃は飛んでくるライフルの弾をこちらのライフルの弾で命中させるようなもので、できない」と言っていました。

いくらマッハ10を超えるようなミサイルでも太平洋を横断するにはそれなりの時間がかかりますので、日本の米軍基地がミサイルの発射を確認すれば、ハワイや太平洋上の戦艦で弾道計算をし、途中で迎え撃つミサイルを何発も発射しますので、本土到達までにはかなりの確率で迎撃はできるでしょう。
そのためのミサイル迎撃システムの研究は進めていますが、北朝鮮ー日本間のミサイルについては初めから無理なのです。
(陸地に近いところからの潜水艦からのミサイル攻撃は米国も迎撃は不可能です。現在では互いの潜水艦が最大の抑止力になっています)

しかし、大半の日本人は厖大な軍事費を投入している日本の迎撃システムは機能すると思っているのでは。
北朝鮮からのミサイルの恐怖を利用して軍事予算を増やしているのです。

北朝鮮はまさに(もちろん間違った考え方ですが)自衛のためにミサイルの実験を続けています。
彼らも馬鹿ではありませんので、もし日本に核ミサイルを撃ったら米国の核ミサイルで一瞬にして国土が焼失することは分かっています。

金正日は米国と妥協したら、間違いなくチャウチェスクやフセインのような末路(国民や米国に殺される)をたどると考え、ミサイルと核爆弾の開発を進めているのです。

日本の膨大な迎撃システムのための軍事予算は米国本土のミサイル防衛のために使われています。

稲田防衛省(攻撃省)大臣がいくら頑張っても、北朝鮮がもはやこれまでとミサイルを発射したらどうしようもないのです。

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2016年8月 3日 (水)

IMF アベノミクス

アベノミクスはついにIMFからネガティブな評価が下されました。
今までの有力海外誌に同様な話を見ていましたが、今回はIMF国際通貨基金ですので、重みがまるで違います。
もっとも安倍首相は海外誌同様どこ吹く風でしょうが。

世界第三位の経済力を持つ日本がこのままの停滞が続くと、世界経済に大きなダメージを与えることになるからこんな重い発表につながったのでしょう。

10数年前に日本のビジネスモデル(ものつくりジャパン)は崩壊したにもかかわらず、小手先のそれも禁じ手まで使って円安、株高を作り一部大企業にもうけさせてきました。

こんなやり方は(一部の統計データなら)短期的、表層的には成功しているように見えても、長期的には成功するはずがありません。

ものづくりジャパンなんていって、オンリーワン的、職人的なものつくりに注目していますが、それでは1億3000万人の食い扶持を得られるはずはありません。

今回世界的なブームになっているポケモンGOも任天堂の収益にはほとんど関係ないとのこと。
やり方次第では日本に大きな収益をもたらせたと思います。

以前よりここにUPしてきましたが、大企業を手元におく文系官僚が日本を支配していることが諸悪の根源なのです。
政治家なんて彼らの掌で泳いでいるようなものです。

ホンダ、ソニーの創業者のように、信念をもった工学系の人間が本物の「モノづくりジャパン」をしなければ経済は活性化しません。

ホンダ、ソニーの創業者たちもモノ作りではありますが、大田区の中小企業のような大企業から仕事をもらって仕様通りの高い精度のを安価に作るモノ作りとは全く別なものです。

40数年前、私はパイオニアでレーザーディスクの開発を担当しました。
新入社員にも関わらず、基礎開発から商品設計まで、その光学系、メカトロ系を任されていました。
試作段階では大田区の中小企業の力を最大限活用させてもらいました。
最高なものを作り、可能性を評価するには、彼らとの技術的なつながりはもちろん、人間的なつながりがより必要になります。

現在はDVD、ブルーレイの時代になっていますが、基本的なシステムは発売後40年たったレーザーディスクとほとんど同じです。
40年前はパイオニアの工場では高卒女性を正社員として採用し、日本ではトップレベルの待遇を与えていました。(1ドル300円の時代でしたので。それでも先進国に比べれば圧倒的に安い)
技能の低い中国や東南アジアの女性はおろか、光ディスクの生みの親のフィフィップスでも生産できない製品を量産できたのです。

世界で初めての光ディスクはフィリップの技術による米国マグナボックスの製品です。
レーザーディスク発売の数か月前になります。
100台ぐらい試験販売されましたが、故障が続出しました。しかしマニュアル通りに作っているだけの彼らは修理ができないのです。
故障したマグナボックスの製品がなぜか私のところに修理依頼がきました。
手持ちの適当な部品を使って修理しました。(パイオニアとマグナボックスは全く関係のない企業なのですが)
試験販売に懲りて彼らは製品の発売をあきらめました。
現在の量産システムは誰が作ってもまずますのものが生産できるようになっています。
中国の製品は多少故障率が高く、性能が低くても、日本の製品より圧倒的に安いので、国際的には強い競争力を持ちます。

シャープ、さらに日立、東芝が膨大な研究開発費を投入した液晶も現在では韓国企業に完全に負けました。
液晶の製造装置は日本アルバックという会社がほぼ独占した結果、数年前には日本各社の液晶製造のノウハウを全てしるようになりました。

サムスンはそのアルバックの最先端の高価な製造装置を買い、日立や東芝でくすぶっていた優秀な技術者を高給でヘッドハントしました。
これで勝負ありです。
いくら高価な製造装置でも研究開発費がいらないのですから、製品は圧倒的に安く販売できます。
今ではシャープ本体の技術自体も買い取られてしまいました。

本来は日本が液晶の技術、生産技術、販売などのビジネスモデルを構築し、国益を守るべきでした。
特に日本アルバックの製造装置を海外にでないようにするべきでした。

偉大な発明家として知られるエジソンですが、実際は発明家というより事業家です。
耳目を集めたいがために、発明した白熱電球のフィラメントには京都の竹がベストだと言い、その白熱電球を万博で大量に使って夜を演出し、一気に有名になりました。

電球は当然電気を必要としますので、その普及のためにエジソンは発電所を作りました。
発電用ダムのための高強度のコンクリを発明し、さらにそのコンクリを使って初めて実現できるハイウエイの特許もとりました。
山の中でダムを作るための作業者用の住宅が必要ですが、安価で短期に建設できるプレハブ住宅の特許もとりました。
ここまで一気通貫でやる日本人は残念ながらいませんね。

エジソンは互いに事業家として認め合ったフォードとも親密な関係がありました。
デトロイト・デアボーンにあるフォードミュージアムにはエジソンの発明した白熱電球から始まり、電気自動車まで実物が展示されています。
ここにはマリリン・モンローの愛車だった真っ白のコンバーチブルやケネディーが狙撃された大統領専用車が展示されています。驚いたことにその後屋根をつけてその後二代の大統領も使ったのです。日本人には考えれられませんね。
https://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g42130-d103793-i102801520-The_Henry_Ford-Dearborn_Michigan.html

こんな事一人でできるわけはありません。彼は優秀な技術者と計理を集めて研究機関を作り、これらを発明したのです。
GEはエジソンが始めた会社です。現在では家電なんてやっていませんが。保険部門はエジソン保険ということで名を残しています。

エジソンのように技術の先が読める優秀な工学者が本物の「もの作り」を進めなければなりません。
東大法学部卒や大田区の中小企業のおやじやには到底無理なことなのです。

このままアベノミクスが続けば、その政策の結果として20年後には東電の元取締役達だけでなく、一般の国民も違う意味、食うために海外に逃避しなければならなくなると思います。
フィリピンは優秀な家政婦が外貨を稼いでいますが、日本人も海外に行ってその勤勉さと信頼性で稼ぐことになるのでは。

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2016年8月 1日 (月)

春日神社

昨日、横須賀市の三春町にある春日神社に孫たちを連れて夏祭りに行ってきました。
私はそこから徒歩20分ぐらい離れた馬堀海岸に住んでいますが、三春町に住む女房のフラ友達に招かれたのです。
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左手前に神輿が見えます。
歴史を感じさせますので、町内に人に聞いてみると90数年前に作られたとのこと。
小泉進次郎の地元なので例年顔を出すのですが、今回は都知事選の対応で忙しかったのでしょうね。
私の母は三春町で生まれ、育ち生きていれば100歳ちょっとになります。
小さいときこの大きくてぴかぴかの神輿を見て、感動していたのでしょうね。

春日神社は明治時代は猿島にあったそうですが、外国からの東京防衛のために猿島内は軍事施設が多数作られました。
その時に猿島から三春町に移したそうです。今でも跡が残っているそうです。

二歳の孫は山車を引いただけですが、神輿の前で強がったポーズを取っています。

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