2009年10月29日 (木)

JALの危機管理

Photo ヒルトングアムを26日2時にチェックアウトしました.親密になったタシクラブの女性2人が嬉しいことにわざわざ職場を離れて車寄せまで見送りに来てくれました.

グアム空港を4時半(現地時刻)に離陸,成田には7時(日本時刻)着予定でしたが風の影響か6時20分ごろ到着とのことでした.
離陸直後台風の影響で気流が悪く成田付近はゆれるとのアナウンスがありました.
揺れはそれほどでもないと思いながらいよいよ滑走路が見えて来ました.後十数秒でタッチダウンと思っていると一転急上昇です.しばらくしてもう一度着陸をやりなおすとのアナウンスがありました.座席のモニターで空港からどんどん離れて行くのが分かりました.40kmぐらい離れたところで機体がやっと成田方面を向きました.

20分後やっと着陸と思ったところまた急上昇.まるで戦闘機のタッチアンドゴーの世界でシーシックバッグのお世話になる人がいました.
一度目の上昇のとき冗談で「羽田かも」なんて言っていましたが,まさにこれから羽田に向かうとのこと.
通常1時間程度の予備燃料を搭載していると聞いたことがありますが,もしそうだとすると3回目は着陸を強行するしかないので,気流がより安定しておりリスクの少ない羽田に向かったのでしょう.
羽田の着陸時刻は成田着陸予定時刻より1時間ちょっと遅れましたが,大半の客にとっては帰宅時刻は余り変わらないでしょう.
しかし成田に車をおいてある私達は悲惨です.駐車場の営業時刻10時を超えてしまう可能性があります.これから車を成田まで取りに行くか,明日車を取りに行くか思案のしどころです.今すぐに京急で帰りたいのですが,明日1日つぶれることを考えれば車を取りに行きたいところです.
それでCA(アジア人)にちょっと対応について尋ねたところ,単なるお茶の要求とは異なる会話なので日本語が通じません.ある年齢の日本人CAを見つけ「どんな対応を取ってくれるのか」と尋ねたところ「私の立場では答えられない」とのこと.地上で聞いてくれとのことでした.

それで「今までの対応はどんなケースがあったのか」と再度聞いたところそれも答えられないとのこと.「言質をとるつもりではなく,単に今までの対応を聞いているので答えないのはおかしい」と詰問したところ「確かにお客様の言う通りだと思うが,私はJALに来てまだ数ヶ月なので分からないのです」とのことでした.アジア人のCAを仕切っている立場に見えたCAがこんな状態なのです.

JALは数年前からひどい収益構造にあり,コストカットの為人件費の安価なアジア人CAを雇用していましす.それだけでなく日本人も含めCAへの教育が出来ていないと思いました.安全性もカットしているとしか言えないのでは.

着陸空港の変更は乗客にとってはめったにないことだと思いますが航空会社にとってはそれほど珍しいことではないと思います.
この程度のことでもマニュアル化されていない,もしくはCAへの教育が徹底されていないというのは「JALは危機管理という概念を喪失した」言ってもそれほど間違いがないのではないかと思います.今回のケースでも昔のJALならベテランCAが的確に対応してくれたと思います.

こんな状況ではどんな小さな事故でも機内は確実にパニックにになると思います.(今回機内アナウンスの声はどうしようもなく動揺していました.)
私はもうJALに乗ることはないと思います.JALの再生は公的資金による収益の改善だけでは無理のようです.

ps:
車はJ3という駐車場屋さんに空港渡し,戻しで頼みました.空港戻しの場合すぐ車に乗れるのでグアムからTシャツ1枚で帰国便にのりました.(機内持ち込みに長袖を入れるのを考えた末やめました)
30℃以上のグアムから15℃以下の冷たい風の中Tシャツ一枚の姿,成田ではリムジンを屋外で30分間以上待ち,また羽田では10分くらい自分の車を待つことになりました.
(あらかじめ携帯で連絡を取っていたので営業時刻を超えていましたが快く対応してくれました)

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2009年9月 1日 (火)

浅尾慶一郎

衆議院選挙は私の予想を遥かに超えるものとなりました.
30日夜8時からテレビを見続けているうちに朝になってしまいました.
00000 民主党の大躍進でスイッチが切れなかったこともありますが,浅尾議員がどうなるかが分からないことが最大の理由です.
5年ほど前,私は浅尾議員の秘書を務めていたこともあります.もしものときは彼だけでなく彼の廻りの人たちのことを考えていました.(落選した自民党議員の秘書や事務方はどうなるのでしょう.落選者が少なければ互助会的なかたちで他の議員の事務所に移れば良いのですが,これだけ多いとそうもいきません)
浅尾議員の資質や人柄を気に入り,熱心に応援してくれる基本的には自民党支持の業界トップの方も後援会には大勢おられました.
その様なご恩を受けてきた人たちに対しても顔向けが出来なくなるのでは心配していました.
上の写真は8月初旬に開催された,それら後援者に対して離党した経緯を説明した集まりのときのものです.
浅尾議員は包み隠さず説明してくれましたが,普通にしていれば政権交替後大臣にもなれるのにも拘わらず落選というリスクを負うまでの理由は最後まで私には理解できませんでしたが.
何はともあれ比例ですが当選しましたので嬉しい限りです.
高い能力と日本の政治家ではまれな国際感覚を持っていますので今後の活躍を期待しています.

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2009年5月25日 (月)

つばさと文化

NHKの朝ドラでビリヤード台をテーブル代わりに使っているシーンが良く出ます.40年前にビリヤードをやっていた人間からすると見たくないシーンです.
昔ビリヤードを始めた人は高点者(上手な人)から色々教えられたり叱れたりしてマナーを憶えたものです.(ゴルフも同様でした)
ビリヤードで一番気をつけなければならないのはラシャです.ラシャは毛が立っており物を置いたりするとそこだけ毛が寝てしまうことになり玉がまっすぐ進まなくなります.ゴルフ場のグリーンと同様ですね.
つばさではラシャの上にラジカセを置いたり本を置いたりと机代わりに使っています.ビリヤードを知らない人たちがドラマを作っているからと我慢をしていたのですが,球とキューがおいてあるシーンがありました.それを見てNHKの番組相談窓口にメールを入れたのですがなしのつぶてだったので電話しました.
担当者ではらちがあかず,上司に代わって貰いました,上司はドラマ制作にかかわっているわけではないので視聴者としてみた場合との理がありましたが,プレイはやっておらず(そういう場面は確かにない)単に大机として使っているだけとのことでした.
今日の放送を見てもプレイしている場面はありませんでしたが,台にはキューとプレイできるだけの球が並んでいました.本とか他のものは何も載っていませんでした.あれを見ればさっきまでプレイをしていたと思う人が大半だと思います.

私としてはビリヤードを始める人や初心者にあのように台が扱われているのを見て欲しくは無いと思います.NHKの影響力の凄さはちょっとだけ出演した自分も経験しています.つばさはビリヤードのマナーや文化に悪影響を与えることになると思います.

川越という文化のある町でドラマは設定されているのを考えるとなお更です.
30年前のサラリーマン時代,川越に工場があったのであの辺りには今も愛着があります.

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2009年5月 9日 (土)

つばさ

現在放送中のNHKの朝ドラ「つばさ」はそこそこ人気があるようですが私にはどうしても我慢ならないシーンがあります.
今,隣にあるテレビでその番組を見ながら書いています.
この朝ドラではビリヤード台を机代わりに使う場面が度々出てきます.今日のシーンではキューとか球が置いてあるので,実際にゲームにも使っているという設定なのでしょう.
ビリヤード台は高精度の装置とも言えるものです.
特に表面を覆うラシャは微妙,華奢でビリヤードの命とも言えるものであり,キューを置くことも許されないものなのです.
(昔はビリヤード屋でキューをラシャの上に置いままにしたら間違いなく上級者から注意を受けました,球を置いたままにするだけでその下がへこみますので,ゲームが終わったらすぐに片付けました)
ラシャの上で物を置いたりさらに字を書いたりしたらその部分のラシャが確実にへこんで球がまともに転がらなくなります.(よたると言います)それを平らに戻すには多大な費用がかかります.場合に寄っては高価なラシャを交換するだけでなく(高度な技術がいる)台表面を研磨する必要がでてきます.
ゴルフ場のグリーン上でお弁当を広げるシーンがあったらどうなるでしょう.それよりひどいことなのです.
つばさのスタッフ全員が全くビリヤードを知らない人たちなのでしょう.
なんとなく格好が良いと思って小道具として使ったのでしょう.どぶ板のショットバーには本来より小さい台を使い,コインを入れるとゲームができるおもちゃのようなビリヤード台があります.プロレスラーの様な水兵も仲間としばしばプレイしていますが,そんな彼等も台はきちんと扱っています.
それにしても連日こんなあり得ないことが放送されていますが,ビリヤード協会からクレームが行っていないのでしょうか?(私が本日クレームを出しました)
こんな番組を見た人があるとき初めてビリヤードをやることになったら,どんなマナーでプレイするのでしょう.
テレビの影響力は強烈ですからこのままでは大変なことになるでしょう.

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2009年4月21日 (火)

エコカー試乗会 at 自民党

19日(日)に自民党本部でエコカーの試乗会が開催されました.既にニュースで見た方もおられると思います.
この試乗会は私がお手伝いしているコンサル会社がコーディネートしたので野次馬としての見学と写真撮影を担当しました.
自民党本部の入場口の近くには警察のバスと数名の警官がたっており,入場者のチェックに当たっていました.
入場許可証を持っているかどうかのチェックだけで,ヨコスカベースの入場よりはるかに簡単でした.

Photo_2

国内各社のエコカーがほぼ全て展示されていました.ハイブリッド,クリーンディーゼル,そして話題の電気自動車です.
この写真はスバルの電気自動車です.ダミーですが充電スタンドがおいてあります.
将来ワンコインで急速充電でき,300kmぐらい走れるようになるのでしょうね.
電気自動車の普及が進むとファーストフードの駐車場なんてに充電スタンドが設置されることになるのでしょう.

Photo_3 麻生首相は展示してある全てのエコカーに乗り込んで各社のトップから説明を受けていました.
これらの車は後ほど試乗会があり,自分でエコカーの感触を体験できますが,首相の運転は禁止されているので,麻生首相は乗り込むだけでした.
この写真では周りがどんな状況か分からないと思いますが,廻りには沢山のメディアの取材陣が首相の一言も聞き逃さないように取り囲んでいました.


Photo_4 これがその状況です.これだけ見ても内閣総理大臣の重要度が分かりますね.
日本の主要なTV局や新聞社・雑誌社のカメラマンや記者が散見されました.
同じカメラマンでも新聞系とテレビ系では雰囲気や服装が全く違うということに気がつきました.新聞系の方が泥臭いというかジャーナリストという感じを受けました.
左にいる後ろ向きの方はSPです.こんなところでも絶えず目線を動かし警戒しています.
いざと言うときはいつでも動けるよう緊張しているのでしょうね.
Photo_5 一台一台の車を降りるとそのたびに当選した参加者家族との記念撮影です.
一番上のお相撲とりみたいな人は慶応大学政策メディア研究科金谷教授でコンサル会社の代表です.
今回の試乗会を企画・運営しました.
麻生さんのスーツはテレビで見ても素晴らしいものだとわかりますが,この日は明るいブルーのブレザーでした.
あんな明るいブレザーを中高年が着たらチンドン屋になりかねないのですが,品質の良さは逆に品位を作っています.
我々が着ているブレザーの一桁上であることは間違いないと思います.

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2009年4月19日 (日)

60年代の話 ベレG エレキ VAN

1_van 先日VANの話になりましたが,たんすを探したらこんなものが出てきました.
忘れていましたが記念として取っておいたVANのYシャツです.
これは社会人になってから買ったものだと思います.よく分かりませんが.
団塊の世代の私たちの学卒初任給は5万円前後になっていました.
これは4000円ぐらいだったと思います.高校生のときに比べれば手に入れ安くはなっていますが,今の物価だったら1万5千円ぐらいになりますね.今ではそんなシャツは絶対買いません.(買えません)

1_2 これは段葛にあった茶道具屋「吉祥庵」前でのベレGです.
母がお茶の先生だったので何回もここに行きました.
後ろ側の家が「吉祥庵」ですが,現在は外観はそのまま残して「こ寿寿(こすず)」という蕎麦屋となっており観光客が外で待つ人もいるほど繁盛しています.
このベレGは2台目でブルー・メタですが最初のベレGはユーミンの「コバルトアワー」に出てくる白のベレGでした.
このベレGは後に城ヶ島の駐車場で前進,バック連続スピンターンの練習中転がしてしまったのですが.

Photo これは高松マリンパークで演奏した時の写真です.
一番右側が私です.加山雄三の「ブラックサンドビーチ」はリードと取っていました.
私のエレキはグヤトーンのモデルシャープファイブです.
当時神様ベンチャーズのモズライトを加山雄三や寺内タケシが使っておりました.垂涎の的のエレキでしたが,1台27万円と今の物価換算では200万円以上になるでしょう.
私のエレキは54000円でしたがそれでも学卒初任給の倍以上でした.

60年代私の青春は VAN,エレキ,ベレGだけみたいなものでした.

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2009年2月21日 (土)

30年前の海外出張

30年ぐらい前に同僚から聞いた話です。彼は取締役のかばん持ちで海外の学会に参加しました。目的地に着くと取締役は駐在員に命じ視察と称して駐在員に案内させ観光旅行。かばん持ちは1人で学会に参加し、朝から講演を聴いたり資料を集め、ホテル戻ってからは夜遅くまで当日の整理と翌日の準備。
そのころ取締役は社外の知り合いを招いて一流レストランでのおいしいワインとディナー。その後はバーへ。すべては当然会社経費。
帰国後、かばん持ちは自分だけでなく取締役の出張報告書も作成。
数年後に会社も余裕がなくなり、取締役と言えどもこんな海外出張はできなくなりました。(30年前は入社2,3年でもビジネスで出張していました。)
しかしどこかの世界ではいまでも同様なこと、それ以上のことが行われているのですね。
専用機の往復だけで4000万円かかるそうです。

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2009年2月13日 (金)

パイオニアはPDPから撤退

パイオニアがPDPから撤退とのニュースが流れました.とても残念です.
私は大学卒業後パイオニアに入社,音響研究所に配属になり,レーザーディスクの開発を担当しました.今から35年以上前の話です.
レーザーディスクは技術的にも資金的にも大変な困難を乗り越え,実用化することが出来ました.その後,ビクターから安価なVHDが発売されました.
ソニーのベータはVHSに駆逐されました.それと同様の運命になると思われたときにカラオケのブームが起こり,耐久性に劣るVHSは市場から撤退しました.
性能的にはベータはVHSよりはるかに優っていました.
レーザーディスクもVHDよりはるかに性能・機能は高いのですが,製造コストがかかるために同じ運命になる可能性があったのです.10回も見れば充分な映画ソフトが主流だったらレーザーディスクは負けていたでしょう.
生き残ったレーザーディスクの技術は後のDVDやブルーレイにつながりました.

その後私は旭硝子に転職し,中央研究所で液晶表示装置の商品開発に当たりました.
自動車用を担当していましたので,デトロイトで学会発表やビッグ3の研究所でのプレゼンなど実施しました.25,6年前の話です.当時世界を牽引していたビッグ3から今の状況は考えられません.

Photo その後独立して現在も技術コンサルを中心に活動しています.2007年の12月に出版したパイオニアのPDP「KURO」に関する本のゴーストライターをやりました.パイオニアの最高の物を目指す技術の歴史とその結果としてパイオニアのkuroが最高の表示品位を示していることを解説した本です.
研究所時代の液晶技術から考えると現在の液晶の表示性能は信じられないものがあります.しかし所詮液晶は「液体+光学的には結晶」なのです.プールの中で走ることが出来ないのと同じで,速い表示は原理的に不可能です.

パイオニアのPDPは難しかった映画館並みの黒の表現を可能にしました.映画をじっくり見るには最適なディスプレイです.液晶だけでなく他社のPDPとも一線を画す表現力です.米国の著名な映画監督の大半は「KURO」のユーザーです.
その技術が消滅してしまうのです.

ビデオテープと薄型ディスプレイは営業力の差で性能の高いものが負けました.性能の優位がビジネスとして成り立ったのはレーザーディスクだけです.
性能が高いものが絶滅してしまうのは元技術者としては残念無念であります.それ以上に
人類の発展にとってもマイナスだと思います.
価格競争,営業力が高い技術を駆逐しているのです.

パイオニアにおける薄型ディスプレイでの欠損はオーディオ部門の研究にも影響を与えます.今後世界最高レベルのスピーカー技術も大きな痛手をこうむることになります.
金融資本主義はこんなところにも陰を落としているのです.
良いものが生き残れる世界にしないと人類の未来は明るくないと思います.技術を文化同様と残さなければいけないものと捉えて欲しいものです.

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2009年1月16日 (金)

未来の自分への手紙

本日朝日新聞朝刊の声蘭に「成人式を祝って届いた手紙」という投書がありました.息子の幼稚園の担任が息子宛に成人を祝った手紙をくれたとのことです.
私の息子にも小学校担任だった先生から成人式の数日前に手紙が届きました.その先生は書道がとても上手なのですが宛名を見るとたどたどしいのです.小学校の最後の授業の時先生から「自分がどんな大人になりたいか」との課題を与えられ,宛名も自分で書いた手紙だったのです.
アンジェラ・アキさんの「未来の自分への手紙」という歌があります.
まさにそれなのです.
そんなことをすっかり忘れていた息子に帰宅後その手紙を渡すと階段を駆け上り自分の部屋に閉じこもりました.
あとでどんなことが書いてあったか聞いたのですが秘密だとのこと.
クラス全員の手紙を8年間も保管し,また今一人一人を思い出しながらコメントを加え投函してくれたのです.(先生は息子が何か書いたかは知りません)
息子が小学生の時に何回かお会いしましたが素晴らしい先生だと感じていました.
こういう先生に学んだ息子は幸せだとつくづく思いました.

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2008年12月19日 (金)

ジャンボくじ

Photo_2 Photo_3 
Photo_4 ジャンボくじの凄い行列です.
左は最後尾です.バス停があるのでそこだけは開けてあります.隙間がある場所がたくさんあります.この隙間の移動の際に脇から入るとかずるを防ぐためでしょう,かなりの数のガードマンが配置されていました.右の写真は売り場です.7番が一番あたるとのことでここで買うのは2時間以上待たねばなりません.
毎年ここの売り場が日本で一番あたるとのことですが,ここの売り場の売上が一番なのですから数学の大数の法則が実証されているだけです.
それでも2時間以上も並んで(確か)償還率30%に夢をかける人がこれだけいるのです.

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2008年12月11日 (木)

フェアレディーZ

003 002 日産の銀座ショールームにフェアレディーがZが展示されていました.
最上級で500万円ぐらいだそうです.
スカイラインGTRは700万円しますのでフェアレディーの方が安いのです.
40年前スカイラインGTRは150万円ぐらいでフェアレディー432はそれよりちょっと高かったような気がします.
空力特性の良い432の方がGTRより速かったのですが,現在はGTRのほうがスパルタン,明らかに高性能ですね.
40年前はフェアレディZは米国ではズィーカーと呼ばれプアーズマンズポルシェとも言われていました.当時の円レートは360円でしたのでフェアレディーは3000ドルちょっとで買えポルシェの数分の一でしたが,性能はスポーツカーのレベルをクリアしていたので,プアーズマンズポルシェと言われていたのです.
日産はこのズィーカーで莫大な利益を上げました.

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2008年11月 7日 (金)

米国大統領

オバマが米国大統領に選ばれました.米国はまさにCHANGEを選択したのです.
日本はどうなるのでしょうか?というかこのままではCHANGEしようにも選挙がいつになるかも分かりません.
さて昨日TGIフライデーズに行きました.選挙の結果について知りたかったからです.
数日前に行ったときカウンター席の隣に座ったアフリカ系アメリカ人の米軍人のグループは既に選挙を終えていましたが,皆オバマだと言っていました.
昨日も隣はアフリカ系アメリカ人だったので「オバマが勝ったね」と話したところ,オバマはキライだとのことでびっくりしました.
実はそのアフリカ系アメリカ人は25年間も日本に住んでいるとのこと.詳しくは聞かなかったのですが,軍の仕事をしている民間人の様でした.
民主党になると自分の仕事が減ると考えているのです.

オバマは選挙人を2倍以上獲得し,圧倒的な勝利だと思っていましたが,直接の票数では選挙人ほどの差はないということを知りました.
ということは根強い反オバマがいると言うことですから,米国の舵取りは簡単には行きそうにありません.

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2008年10月27日 (月)

高校同窓会

Photo 26日,ベイシェラトンで4年に一度の高校同窓会が開催され参加しました.
久しぶりのベイシェラトンです.数年前は喫茶は2階だけでしたが,現在は一階まで営業していました.
日曜ということもあり,それでも待っている人が結構いました.
この数分後,結婚式を挙げたカップルがこの階段で写真を撮っていました.

Photo_2 今回司会は八木亜希子さんでした.彼女は双葉高校卒だそうで,栄光の生徒と付き合っている友達も結構いたとのこと.
記念講演は著名な建築家隈研吾氏です.
普段は学生や建築関係の聴衆の前での講演ですが,この日は大先輩の前でしたので勝手が違ったようですが,流石にダイナミックな話や作品のスライドは時間を忘れさせるのもでした.

Photo_5  厳しい政局の中浅尾議員も参加しました.
隈氏は慶応大学の教授でもあります.息子はこれから教えてもらうことになります.息子は隈先生と色々話すことができて喜んでいました.
また浅尾議員はスタンフォードのMBAです.息子はこの夏スタンフォードで短期留学をしましたので,スタンフォードの話もできたようです.
息子を連れてきて正解でした.

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2008年10月12日 (日)

下げふた? 納豆の薀蓄

Photo 小さいときは納豆と鯨のベーコンでたんぱく質を取っていた私は団塊の世代です.当時卵はめったに食べられませんでしたし牛肉(すき焼きの夕食)なんてそれこそイベントでした.
その頃は三角形の経木に詰まった納豆は5円でした.(経木はかんなで削った木の皮です)6人家族で食べられる量がありました.当時卵は一個15円でした.日雇いがニコヨンと呼ばれた日給240円の時代はその数年後ですから物価は20倍ぐらいは変わっていると思います.
とういことは現在の5倍くらいの量のある納豆が一個100円,卵は一個300円ということになります.
米国ではバイオ燃料は儲かるということで大豆畑をとうもろこし畑に変える農家が続出した結果,大豆価格が高騰,納豆メーカーは苦しんでいます.
価格に転嫁しにくいので内容量を減らすというメーカーもあり,納豆のパックがこんな形になりました.
私が小さい頃は土産物屋で買ったわさびの漬物をあけると上げ底になっており,中味はわずかということが多々ありました.その後上げ底について行政指導が行われ,きちんとしたメーカーのものには上げ底はなくなりました.
これは下げふた?と言うのでしょうか.
上げ底は出来ないのでこんな形にしたのでしょうね.

ところで10年ほど前にノーフォーク基地に行ったことがあります.ノーフォークは黒船や今回の原子力空母ジョージ・ワシントンが出航した軍港を持つ全米最大の基地です.
その近くにバージニア・ビーチという高級住宅街があります.その郊外に大豆畑がありました.将校の奥さんが納豆をここで作っていると教えてくれました.日本食が好きな人でも納豆を食べる米国人は余りいませんのでびっくりしました.全て日本向けだとのこと.あんな高級住宅街で作り日本に運んでもペイするというのも驚きでした.

さて,米国建国前の話です.バージニアビーチの沖合いに先に上陸し自国の領地にしようと英海軍と仏海軍の戦艦が対峙しました.結局は軍事力が優る英軍が上陸しました.それであの海岸はバージンのビーチと(原住民を無視して)名前をつけたのです.
仏軍は北に向かいカナダに上陸しました.今でもケベックはフランス語も使われているようです.大昔ドゴールが「自由ケベック万歳」とケベックでぶち上げ物議をかわしたこともあるところで今も摩擦があるようです.

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2008年9月30日 (火)

ムラーノ

昨日銀座に行きました.いつもは築地で寿司を食べるのですが,ライオンでビールを飲むことにしました.
Mura_002 4丁目の交差点から徒歩1分以内の雑居ビルの地下にお店があります.
ここには夕方友人とは来たことは何回かありますが,昼間一人で来るのは初めてです.
いつもは飲んだりしゃべったりで周りを見たことがないのですが,かなり良い雰囲気 ですね.
周りはランチの人ばかりでした.
私はビールやワインをゆっくり楽しみました.たまにはこういうところも良いと思いました.
Mura_003_2 その後仕事までちょっと時間があったので,日産のショールームに行きました.
たまたまこの日がモデルチェンジしたムラーノの発売日だとのこと.
6月のハワイではいつものハーツで借りたのですが,その時このムラーノでした.
中を見るとこちらは当然右ハンドルですが,それ以外もステアリングが違いました.ハワイでは木目調だったと思います.
ミスフェアレディー(と今もその呼称なのでしょうか?)が近づいてきてムラーノの説明をしてくれました.米国では半年ぐらい前に発売したとのことですが,私が6月に乗ったと言ったところ驚いていました.
ムラーノの名称はイタリアのムラーノ島から取ったとのことです.ムラーノ島の話ならガラス会社にいた私は良く知っています.
ベネチアングラスで莫大な利益を得ていた王様はガラス職人をムラーノ島に集め,衣食住満ち足りた待遇を与えていました.しかし製造方法の散逸を防ぐためムラーノ島から出ることは出来ません.そこから逃げ出すと死刑になった職人もいたようです.
そうは行っても逃亡に成功した職人はおり,そういう職人を他国の王様は大切にしました.
ベネチアの王様はガラスの原料となるソーダ灰の輸出も禁じました.ソーダ灰が手に入らないところで木の灰をソーダ灰の代わりに使う国が出てきました.
それがボヘミアンガラスで組成的にはカリガラスといいます.
ガラスは金にも優る貴重品であり,カリガラスの原料,そして燃料にするため木材を大量に使いました.
その結果禿山だらけになりました.それを植林したものの一つがドイツの黒い森です.ドイツには自然林は残っていません.そんな苦い歴史があるので現在ではドイツは環境問題の先進国なのです.
ソーダガラスではどうしても鉄の成分が入ってしまい透過率が悪くなります.それに対してカリガラスは透過率が高いのでカッティングするとダイアモンドの様にきらきらします.
しかしその後北欧で開発された鉛ガラスはさらに透明度が高く,屈折率が高いのでカリガラスは衰退しました.しかしボヘミアンのカッティング技術は今でも世界トップレベルです.
とまたミスフェアレディーに教育してしまいました.

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2008年9月12日 (金)

カラオケ

大学卒業後パイオニアの音響研究所でレーザーディスクを担当しました.
先日高校のOB会で,ビクターのVHDを担当されていた先輩がいること知りびっくりしました.
当時,スナック等の業務用カラオケではレーザーディスとVHDが社運をかけた競合状態にありました.
結果レーザーディスクが勝ちましたが,その後第一興商の通信カラオケになりレーザーディスクも撤退しました.
Photo 先日の昼頃ちょっとビールを飲もうと歩いていると,嵯峨というカラオケスナックがありました.
何とここは今でもVHDカラオケを使っているのです.
今でも問題なく動いてます.通信カラオケは大量の楽曲をファイルするために相当な圧縮をかけていますので音質は良くありません.この年代物の機器のほうが良い音なのです.
同じ意味で圧縮技術の極めにあるiPodの音も良くないのですが.
ラックの上の黒いものがレーザーディスクプレイヤー,次はVHDプレヤー,そしてパイオニアのアンプがセットされていました.
30年ぐらい前のものですが,昔の機材の耐久性は高いですね.(そう設計していました)

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2008年9月 7日 (日)

何だか分かりますか?

F_2 息子が4日に帰国しました.
これは台湾から来た学生からのプレゼントだそうです.
息子はタバコを吸いませんし,どういうことだろうと思いました.Photo_2

ふたを開けると中には日本の金属棒が入っていました.
ますます分かりませんね.

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答え

Photo これがその答えです.
三脚の脚のように伸ばすと関節部がロックし,箸になるのです.
台湾からの学生の何人かは持っていたそうです.
マイ箸を利用している日本人も増えましたがこれは携帯に便利ですね.

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2008年8月 7日 (木)

スカイプ

サンフランシスコとは時差が17時間あるので,なかなか都合がつかなかったのですが,昨日スタンフォード大で研修中の息子とスカイプで話すことができました.息子の顔をみて一安心です.ちょっと疲れ気味のようでしたが.
スカイプを利用すると何の付加料金も払わず何時間でもテレビ電話が出来るのですから,30年前ぐらいのことを考えるとまさにあり得ないことです.
当時は米国にちょっと長電話するとすぐに(当時のお金で)5000円ぐらいかかってしまうので,あらかじめ話すことをメモしておき,時計を見ながら話したものでした.当時一通話(3分間)単位で課金されましたので,3分間で話すことに慣れました.
KDDなんてどういう形で生き残るのでしょう.
先日我々を家に招待してくれたブラッドはスタンフォード大を良く知っており,その緑の多さ,雰囲気の良さを話してくれましたが,誠もその環境の良さにびっくりしていました.

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2008年7月17日 (木)

瓜ふたつ

瓜ふたつという言葉がありますね.一つの瓜を二つに切るとそれぞれが見分けのつかないそっくりなものになるということらしいのですが,あの親子は瓜ふたつとかそっくりということの比喩で使いますね.
Photo さてこれはキンショーメロンというらしいのですが,私はまくわ瓜だと思いました.
味も小さい時食べたまくわ瓜とほぼ同じだとおもいました.糖度は普通のメロンよりかなり低い感じがしますので子供はメロンを好むでしょう.

それにしてもキンショウメロンとまくわ瓜はまさに瓜ふたつですね.

まくわ瓜を未だに作っている農家もあるそうですが,市中でみることはないですね.スイカとともに昔の夏の味覚代表だったまくわ瓜,どんな味だったか食べてみたいのですが.

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2008年6月 7日 (土)

スピード社の水着

昨日開催された競泳競技で日本新記録が連発されました.既に世界新記録が続々誕生しているのでスピード社の水着は注目されていましたが,本当に凄いですね.
日本選手は契約上はスピード社の水着は使えないことになっていますが,それでは一つのメダルも取れないでしょう.

元研究開発部門で働いていた私からすると今回の水着は世界新記録続出より凄いものを持つ可能性のある発明だと思います.
流体抵抗が数%削減されたということなのですから.もしこの技術がボート競技やスキージャンプに応用できればまた世界新が出るでしょう.

さらに例えばタンカーとか風力発電機とか流体抵抗による損失が削減できればエネルギー・環境問題にも応用されさらに凄いことになります.

人間の泳ぐ速さは最高でも時速8kmぐらいですし,体がでこぼこしています.発表された資料を見ると今回の水着は体を締め付け,縫い目がないということに特徴があるようですが,体を締め付けたり縫い目がないだけだったら各社は簡単にまねができると思います.

発表された以外に「何か」があるのではないかと思います.

オリンピックの水泳だけでなく,今後大きな変革をもたらす技術と期待しています.

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2008年6月 3日 (火)

原油価格暴騰

原油価格の暴騰を受け,レギュラーガソリンが170円を超えたとのニュースを見ました.私は月に500Kmも走らないので1年間でも2,3万円のUPとなり,それほど大きな影響は受けませんが,交通インフラが整備されていない為家族で数台保有している地方の方は大変でしょうね.

私にとっては車より飛行機のサーチャージの影響の方が遥かに大きいです.現在3万円弱のハワイは7月以降は4万円になるとのこと.5万円になるのも目の前みたいです.そうなれば二人で10万円です.安いパッケージ旅行と同じぐらいになってしまいますね.

さて,今から約30年自動車の町デトロイトに出張しビッグ3(今はそんな状況にありませんが)の研究所でプレゼンをしたことがあります.
プレゼンの後若い女性たちを含め同席者を食事に招待したことがありますが,現地に赴任している同僚は彼女たちは車の経費を払うために会社に来ているようなものだと言っていました.
彼女たちは毎日往復100kmぐらい走っているとのこと.デトロイトでは冬の路面凍結対策で塩をまいているので4年ぐらいで車はだめになるのだそうです.(床に穴が開いている古い車も沢山見ました)
彼女達の年収は大半が2万ドル強だそうです.
そんな生活をしているので年間車の償却で5000ドル,ガソリン代が1000ドルぐらいになるので通勤費が大きな負担になっています.日本みたいに交通費の支給とかはないようでした.

当時はガソリンは1ガロン1ドル以下の時代でしたが,現在はその4倍程度になっています.
現在は車の償却とガソリン代で年間1万ドル以上かかると思います.
外食とかレジャーにまわすお金はほとんどなくなってしまうのでは.

こんな状況を考えるとアメリカ経済の先行きは暗いと思います.日本の経済を牽引しているトヨタもハイブリッドとか余りもうからない車だけしか売れなくなるのでは.
アメリカ経済に大きな影響を受ける日本の経済の先行きも相当暗いですね.

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2008年5月19日 (月)

連凧

先日ダイエイ前の広場で連凧を見ました.テレビでは見たことがありますが,実際に飛んでいる姿を見るのは初めてです.
小さいとき凧揚げが大好きで冬になると毎日あげていました.小学校の横浜での遠足の際シルクセンターの展示室で中国の連凧を見たときにどういう風にあがるのか不思議に思っていましたが,50年ぶりに疑問か解消しました.
Photo Photo_2凧を揚げていた人に聞いたところ中国で買ってきたものだ そうです.
普通凧は糸目をもつものですが,連凧は凧の重心より上の所に穴が開いているだけなのですね.
それで良くバランスもとれるものだと思います.
一つ一つは一辺20cm程度の小さな凧です.中国製ということで描かれている絵も京劇の西遊記の猿みたいなイラストでした.
風は弱かったのですが良く飛んでいました.

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2008年2月 2日 (土)

絞り加工

先日息子がバイト先からディズニーのお土産をプレゼントされました.
D1 金属缶にクッキーのようなお菓子が入っています.
私は甘いものは食べませんのでどんな味かは分かりませんが.
この缶を見ても普通の人は別になんとも思わない(可愛いとか思う人もいるでしょうが)でしょうが,私たちメカ屋から見ると色々な思いがあります.
 このふたを良く見てください.普通は丸ですよね.これはミッキーの顔をかたどった形になっています.

D2 このふたは絞り加工で作ります.
平らな鉄板から金型で押して形状を作っていくのですが,立ち上がった部分の鉄板は伸びたり縮んだりしています.
いっぺんにこのような形に仕上げるのは不可能で何段階かのプレス作業によって徐々に形を仕上げていくのです.

何十年も前の話になりますが,民生用の機器を設計していたことがあります.そのとき,こんな形状の板金部品を設計したら「お前馬鹿か」と言われてしまう形状です.
このふたを作るには複雑な金型をたくさん用意しなければいけないだけでなく,不良率も高くなるのです.(鉄板が破れてしまう)とても量産品には使えない部品となります.

この形はディズニーの商品開発の担当者と板金屋とかなり厳しいやりとりがあったと予想します.ディズニーサイドは「耳の部分はもっと切り込んでほしい」とか,板金屋は「これで限界で良品率は厳しいので値上げして下さい」とか色々あったでしょうね.

いくら性能良くてもデザインが良くないと車は売れません.特にスポーツカーのデザイナーは流れるようなラインの意匠設計を行います.
このデザインを実現するためには金型だけでなく,使用される鉄板の性能(延伸性)が要求されます.
日本の製鉄メーカーの研究開発の結果世界でもっとも延伸性の高い鉄板を製造しています.

ディズニーのホーンテッドマンションにはホログラフィーを利用した幽霊とかがあります.
あそこのあるホログラフィーは世界最高レベルの技術の結晶です.普通だったらそのことを宣伝したいと思うでしょうが,ディズニーは決してそんなことはしません.
ディズニーのビジネスは経営学の教科書ともなっていますが,技術的にも凄いのです.

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2008年1月19日 (土)

センター試験

本日よりセンター試験が始まりました.いよいよ受験シーズンの幕開けです.
昨年の息子のことを思い出すだけでなく,色々考えるものがあります.
浪人している息子の同期の志望校合格を祈念しますが,それと同様に一期後輩のことが気になります.
彼らが高1の時,校門前でバスを待っていた生徒に暴走車が突っ込み,2人が亡くなり,7人が重軽傷を負いました.足の一部を切断した生徒もいたと聞いています.
生き残った生徒,悲しみを背負った同期の仲間皆が望みが叶ってほしいと思います.

息子の成長を楽しみにしていた生徒のご両親のことを思うと,なんともいえない気持ちになります.

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2008年1月14日 (月)

馬堀海岸から三崎まで

2月3日に東京マラソンのコースを歩く催しがあります.本番は2月17日です.本番に参加する友人がコース下見に歩くとの事で私も参加することにしました.(新宿都心スタートでビックサイトまでなのですが,途中築地あたりでコースアウトし寿司を食べるつもりです.
途中でやめるといっても20Kmぐらいは歩くことになるので,練習のため馬堀海岸の自宅から三崎まであるき,咲きの屋で寿司をたべることとしました.
シューズも適当なものがないので新しいもので歩くことにしました.靴擦れにそなえ絆創膏を20枚ほど用意しました.
11:30出発しました.地図でみると15km程度なので3時間ちょっと,2時半ぐらいには着くだろうとの考えです.
Photo スタートして50分ぐらいで平作川に着きました.車からは見えない水面をみて驚きました.
両岸数キロに渡ってボートが係留されているのです.300槽ぐらいあるのでは.
両岸は防御フェンスで川に入れないようになってますので,フェンスを乗り越えてボートに乗るのでしょう.
35年ほど前に平作川は氾濫しました.また大雨になったら,流された船がJR久里浜駅近くの橋の欄干に引っかかり,ダムみたいに水をせき止めることになり,大変なことになるでしょう.

Photo_2 出発して2時間半で三浦海岸に着きました.
海岸には大量の大根がほしてありました.たくあんにするのでしょう.
この大根は青首だいこんで三浦大根ではありません.

この手前の 海岸には数軒の住居がありました.海岸敷には常設の建築物は禁止されていると思いますが,既に既得権になっているのでしょうか.

Photo_4 Photo_5

三浦海岸駅近くを通過し10分ほどするとこのようなキャベツ畑がありました.写真上部は緑の色が違いますが,これは青首大根の畑です.
ここには農家の即売所がありました.左側の三浦大根は太いですね.価格も3倍です.またかぶのお化けみたいなものも大根の種類です.千枚漬けなんかに使う聖護院かぶら大根かと思います.

Photo_6 やっとのことで三崎港に着きました.
出発してから3時間55分後,午後3時25分に着きました.
途上,トイレや写真,そして横断歩道等で15分ほどストップしましたがそれ以外は歩き詰めです.
地図での概算より3kmぐらい遠かったようです.

そして数年ぶりに咲乃家にはいりました.
実は,咲乃家では本当にがっかりしましたが,別にUPします.

帰りは三崎から三浦海岸までタクシー,そして京急で帰りました.
1時間弱,暖房で心地よい車内,全て座って帰れました.
文明の利器はやはりありがたいですね.

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2008年1月 3日 (木)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

昨年は息子の大学、娘の資格試験や葉子のフラとか私もゴーストライター的な感じで絡んだ初めてのビジネス書の出版とか色々ありましたが、どうにかこなすことができました。

今年はいわゆる3C分析としての内部環境として家族に関するものはある程度予測がつきますが、外部環境としての日本・世界の経済はどうなるかは予測がつきません。相当な(個人レベルではどうしようもない)ことが起こる可能性も30%ぐらいありそうですが、それは運命と考えるしかないと思います。

Photo_2 さて、上のおせちは昨年12月初めにテレビショッピングでみた通販のものです。
甘さ控えめで、酒につまみに最適です。見たときにこれはと思ったのですが、これにたらばとか毛蟹までつくとのことですぐに注文しました。

一回外で酒を飲み歩くのと同じお金でこんなおいしいものが家で食べられるので、来年もこれにしようと思います。

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2007年12月28日 (金)

年賀状

娘が生まれた後は3人、息子が生まれてからは4人の家族写真を添付した年賀状を作っていました。
ところが今年は家族4人全員の写真がないのです。
大体ハワイとかで撮った写真を作っていたのですが、今年のハワイに2回とも二人でした。
娘は仕事、息子は学生で時間をあわせることが難しくなってきました。
タイムシェアーのコンドは2Brですが、ひとつはあいてしまいます。
孫を連れてのハワイなんて事になるまでは一部屋は空いてしまいます。

我が家の周りにはたくさんの米軍関係者がおり、中には長い間手紙をやり取りしている人たちがいます。

Photo これらの切手は今年送られてきたクリスマスカードの切手です。
何枚も貼ってあるものから1枚のものもあります。それらの合計額は同じではありません。
州によって多少の価格差があるのかもしれません。

クリスマスのちなんだもの。消印もHQPPY HOLIDAYSなんてものが複数あります。

ハワイ風の切手できたカードが3枚ほどありました。
私たちがハワイ好きなのを知っているからでしょう。

私はこの中ではスノーマンの切手が一番好きです。

画像をクリックしていただければ、細かいところまで見えます。

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2007年11月19日 (月)

サーチャージ

ハワイ旅行まであと1週間になりました。日本がこれだけ寒くなると成田までの服装が難しくなります。

さて最近の海外旅行はなんだか不思議な料金体系になりましたね。サーチャージと空港使用料とかでほぼ3万円ぐらいかかります。10年ぐらい前ならチケット+空港使用料等で4万円以下でもすみました。なんだかわけが分からないですね。

ところでサーチャージですが高騰する燃料代の補完的、臨時措置的な位置づけでしたが、今では第二航空運賃といっても良い状態になりました。
さらに原油価格が高騰すると格安チケットよりサーチャージの方が高くなるなんてこともあり得ない話ではなくなりました。

今回のハワイではサーチャージは2万5千円ぐらいです。ジェット燃料は日本で買うガソリンよりは安いと思いますので、2万5千円あれば200リットルは買えますね。
格安チケット代にも燃料費がもともと含まれているので、ハワイ往復でどのくらい燃料費がかかっており、燃料を使っているのでしょう。

ジャンボの燃費はリッター50メートルぐらいですので、500人搭乗時で一人当たりリッター25kmになります。
ジャンボは秒速300メートルぐらいなので、一秒間に6リッター使うことになります。自動車のタンク満タンでは10秒持ちません。200リットルの家庭用のお風呂は30秒で一杯になる流量です。お風呂にお湯を張るには数分かかりますね。物凄いことが分かると思います。

さて、ハワイ往復で12000kmぐらいですので、一人当たり500リットル近くかかることになります。サーチャージの妥当性は理解できます。

我が家の車は1年間で600リットルぐらい消費します。古い車なのでリッター6kmぐらいしか走りません。燃費の良い車に乗り換えたら300リットルは削減できます。炭酸ガスの放出という意味では買い換えるべきかも知れません。

家族4人でハワイ旅行すると2000リットルの燃料を消費することになります。我が家の1年間のガソリン消費量の3倍以上です。
ハワイ旅行が膨大な炭酸ガスを放出していると思うと、多少元気がなくなります。

ハリウッドのスター達はプリウスを競って購入して環境問題に対応しているとアピールしていますが、同じ人が自家用ジェットを保有してたりします。
自家用ジェットは数人しか乗りませんので、一人当たりで考えると確実に車の100倍の炭酸ガスを放出していると思います。プリウスを利用してもほとんど意味はありません。

政治家・環境問題の専門家も決して飛行機の炭酸ガスのことは言いませんね。自分達の活動の自己矛盾をさらけ出すことになるからでしょう。まさに「不都合な真実」です。

ジェットエンジンは小型高出力が売りで、排ガスがクリーンとは到底思えませし、1万メートル以上の上空に排出しますので、すぐに温室効果に関与することになります。

飛行機を年に数十回も利用する人たちは人類の上澄み1%以下の富裕層ばかりです。企業幹部、政治家、高級官僚、著名な環境学者たちも当然含まれます。

飛行機に乗るたびに気にはしていますが、海外には他の方法は考えられないので利用しています。
私も炭酸ガスを大量に放出している人類の10%程度に入るかと思います。 

何十年後には現在の大半のエンジンは他の動力装置に変わると言われていますが、最後まで残るのはジェットエンジンだそうです。
あれだけ小型で高出力のものに代替できるものは簡単には見つからないのです。
燃料電池飛行機は国内旅行には使えるでしょうが、ハワイまでは到底無理です。
燃料電池だとプロペラ機になります。プロペラ機は空気が薄いところは空回りになりますので飛べませんし、推進力に限界がありスピードが出ません。

今後海外旅行はどうなるのでしょう。船が最有力だと思います。私は時間は取れますが、船酔いはどうしようもありませんので、利用はしたくありません。

船は低速なので流れが層流になっており抵抗は極端に少ないのですが、ジェットは渦抵抗が発生します。これは強烈な抵抗力になります。
高速ですと物体の前面の抵抗より後部に発生、剥離する渦に大きなエネルギーを奪われるのです。
渦は台風やサイクロンみたいにいやな存在になることが多いようですね。

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2007年10月27日 (土)

GTRの薀蓄

もう20年以上、仕事で月に2回は銀座に行っております。
車には興味がありますので、銀座の日産のショールームには時々行っています。
昨日はニッサンGTRが展示してあるかと思い訪れたのですが、残念ながら明日からとのこと。一日違いの残念でした。パンフはもらって来ました。
Photo 今から約40年前ごろはスカイラインGTRはまさに車好きには垂涎の的でした。
2000ccで150馬力、価格は150万円ぐらいでした。当時の物価から考えると現在価格では600万円ぐらいかと思います。今回のニッサンGTRは700万円ぐらいですので、今回のほうがちょっと高い価格設定です。
ただ、初代のGTRはレース仕様車で、フロアマットもついていないもので、市内を走るためには2000GTと同じような仕様にする必要があり、数十万円の追加費用が必要になり200万円程度になりましたので、当時の方が実質的には高いと思います。
今回のニッサンGTRの駆動軸の馬力は初代のものの3倍以上あるだけでなく、あらゆる性能も比較にならないほど高いと思いますが、それでも誰でも運転できるようになっていると思います。初代の車は最低ダブルクラッチぐらいはできないと走らないというものでした。
当初のスカイラインGTRはフェアレディー432と同じエンジンを搭載していました。
4バルブ、3キャブ、2(ダブル)オーバーヘッドカムシャフトというエンジンで、まさにレーシングエンジンそのものでした。今なら公害放出車といわれるかもしれない燃費なんて無視したものですが、圧倒的なエンジンでした。
尚、当時フェアレディーはアメリカで若者に大変な人気をでした。プアーズマンズ・ポルシェとも言われ、高性能なスポーツカーとしてポルシェに近い性能を持っていましたが、圧倒的に安かったのです。当時の為替レートは1ドル360円だったのですから。
現在、当時と同じ為替レートだったら、今回のGTRもアメリカでは2万ドルになりますから、めちゃめちゃに売れますね。
40年前、フェアレディーの好調な輸出により日産は大きな利益を得、その後の発展の礎を築いたのです。

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2007年10月23日 (火)

携帯電話

Photoもう3年ほど使っていた携帯のカメラ機能が壊れました。撮像素子の画素が何個か壊れ、画像の一部が黒点になってしまうのです。人間で言えば緑内障です。
仕方がないので、機種を変更しました。
これが新しい携帯です。
携帯では電話と写真機能しか使わないので、(画面が小さくて文字がよく見えない。入力が面倒なのでメールはほとんど使わない)今までの携帯で充分なのですが、故障ではしょうがありません。この際ワンセグ付にしました。受信状態を聞くと、電車では途切れ途切れになるとのこと。それなら駅で時間つぶしはできると、購入を決めました。

さて、会社を変えても電話番号は引き継げるということにより、携帯電話のビジネスモデルが大きく変わりました。通信料の価格競争が激しくなり、一方携帯電話の費用は消費者が負担するようになりました。そのため携帯の販売価格が表示されるようになりました。
といっても6万円とかなりどんぶりの価格設定です。基本的には分割払いみたいな形式をとるのです。6万円は24ヶ月で割ると月2500円と、見事にきりのよい数字になっています。
顧客の固定化に各社は必死で、2年間契約しないと割高になるように設定しています。顧客に目が向いているとは思えませんね。有限の電波を数社が独占しているので、各社は官に目がいっていることは否めません。

今まで無料とか数千円で買えたものが突如6万円。上海やバンコクではこれぐらいの価格で以前より販売していましたし、実際これだけの機能をこの大きさに詰め込んだら6万円でも安いと思います。かつてAV機器を設計していた者としては、しっかりした定価売りになったことはむしろ喜ばしいことと思います。

技術者は小型化・型高機能化にむけ、必死に頑張っていますが、自分の設計した製品が店頭で0円なんて表示されているのを見たら嬉しいわけがありません。
技術者として一番嬉しいのは、たまたま訪れた店頭で自分の設計開発した製品が顧客に選ばれ、お金を払ってくれた瞬間を見ることなのです。全く知らない人でもありがとうと声を掛けたくなるほどです。

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2007年7月 8日 (日)

Photo_118  この写真は、6月23日にUPしたものです。
雛がかえった直後で、親鳥が寸暇を惜しんでえさをはこんでいました。
まだ雛は本当に小さくて、育つかどうか心配していました。
この写真では3羽しか見えませんが、実際は4羽います。
このころは例年に比べ雨が少く、えさになる虫が余りいないのではないかと、毎日心配しておりました。

Photo_119 この写真は昨日撮影したものです。
7月5日に元気のよい一羽が巣立ちました。たの3羽まだ巣の中におりました。
それから2日で全ての雛が巣から飛び立ちました。
巣から数メートル離れた電線で親からえさをもらっています。
それにしても燕の飛翔能力は素晴らしいものです。巣から外に出るにはまず垂直に30cmぐらいおり、そこから180度回転すると外に出られますが、電線に行くにはそこから数メートル上昇しなければなりません。
最初の飛翔でこれができないと留まるところがなくて、地面に落ちてしまうことになります。
他の種類の鳥では生後2週間でこんなことはできないのではないかと思います。

Photo_121 今日の昼は昨日の電線に燕の姿はなく、 もうどこかに行ってしまったのかと思っていましたが、夜になるとまた巣に戻ってきました
あと何日この巣で寝るのでしょう。



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2007年7月 5日 (木)

ツバメその後

Photo_109 ツバメが順調に成長し、小さな巣に入りきらなくなってしまいました。
押し合いへしあい動いているので巣の一部が壊れてしまいました。
巣の下には糞と壊れた巣の一部が落ちています。(毎日掃除しないと大変なことになります)
4羽いたのですが、すでに一羽は巣立っており、近くの電線にとまっています。
巣立ったと言ってもまだ自分でえさを取れませんので、電線の上で親鳥からえさをもらっています。

Photo_110 その巣立った雛はこれです。
巣から5メートルぐらいしか離れていない電線の上で、ひたすら親鳥からのえさを待っています。

それにしても巣に3羽、電線に一羽の雛にどうやって平等にえさを配分しているのでしょう。
4羽はほぼ同様の大きさに成長しています。
今までの経験から言うと、今日にでもさらに一羽は巣立ち、あと3日もすれば4羽とも巣立ち、その後二日間ぐらいは我が家の周辺で生活し、そしてどこかへ飛び立つのでしょう。

親からえさをもらうための雛の鳴き声もあと数日と思うと、ちょっと名残惜しいような気がします。
来年もまた来てくれると良いのですが。

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2007年6月28日 (木)

ツバメが4羽かえりました。

Photo_101 5月21日に久しぶりにツバメが戻って来たと書きましたが、6月23日に四羽の雛が確認できました。
毎日どうなるか心配で見ていたのですが、元気に成長しています。この写真では三羽に見えますが、親鳥の向こうに一羽が隠れています。

ただ、気になるのがツバメが以前より人間を警戒しているような感じなのです。
数年前は、雛がかえると親鳥はこちらの存在を無視して、えさを与えるのに必死でしたが、今回は私がそばにいるのを発見すると、雛にえさを与えず、「ツバメ返し」で外に引き返していまうのです。

ツバメにいたずらをする人間は増えたせいなのでしょうか。
この巣は玄関ドアーの前にあります。これからしばらくこのドアーを開ける回数を減らすようにして生活しないと雛が飢えてしまうと思います。

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2007年6月18日 (月)

親父バンド

先日、さいか屋の入り口にあったビラを見て親父バンドのコンテストを父の日に開催するとのことを知り、昨日そのコンテストを見学しました。
親父バンドの定番はベンチャーズですが、やはり横須賀ベンチャーズというバンドが出演しました。我々の世代にとってベンチャーズのノーキーエドワーズはエレキの神様です。

初来日2年後あたりからベンチャーズは彼らのオリジナルであるモズライトを使い始めました。モズライトは形も独特ですが、ひとつの弦に対してひとつのピックアップで音を拾うと言う新規のメカニズムを持つため、出力が従来のエレキ例えばフェンダーの数倍ありました。
その結果フェンダーの真空管アンプには入力オーバーになり、出力される音は多少歪んでおり、またハウリングすれすれでした。一般には避けなければならないこの歪んだ音こそ我々にとっては今でも青春の象徴なのです。

Photo_85 横須賀ベンチャーズも当然のごとくモズライトを使っています。当時のものは27万円という初任給の10倍程度というとんでもない価格でしたのでプロ以外で使っている人はほとんどいませんでした。
右から2番目のリードギターのモズライトはアメリカ製ですが当時のものとは異なります。
一番左のモズライトは日本製で、これはトレモロアームとネックのヘッドの形状も異なります。これは、現在の初任給の半分ちょっとぐらいで買えると思います。
アンプはローランドを使っていましたが、コピーが正確だったのでレコードとかなり近いものが再現されていると感じました。
当時はタブ譜はおろか楽譜もなかったので(あってもレコードとは似ても似つかない採譜)私はレコードを文字通り擦り切れるほど聞いてコピーに努めました。今でも頭の中でそれらの楽曲が再生できるほどです。

そのためちょっとでもレコードと違うところがあるとすぐに分かります。
ダイアモンドヘッドでは曲の最初にノーキーが指先で弦をこすり「ヒュ、ヒュ」と音をだすところがあるのですが、このバンドはピックでこすっていましたので音が硬く違和感がありました。(楽屋でこの旨お話したところこれから指でこするようにするとのことでした)

Photo_86当時の私はとてもモズライトは買えなかったので、左のモデルシャープファイブにしました。これでも54000円でしたので、相当高価なものでした。

現在のベンチャーズはめったにモズライトを使わないのですが、加山雄三や寺内タケシは今でもモズライトを使っていますね。
寺内タケシは当時ヤマハのモデル・ブルージーンズというエレキを企画したのですが、できたものは余り弾き安くないようで、ほとんど使っていませんね。初期のブルージーンズのメンバーで「思い出の渚」のワイルドワンズのリーダー加瀬邦彦は現在も12弦のモデルを使っていますが。

Photo_87 我々の5,6年上の世代の大学時代はハワイアンがブームでした。ハワイアンの学生バンドコンテストも盛んだったようです。当時の日本のハワイアンはスティールギターがメロディーを受け持つ楽曲が大半でした。
現在のハワイアンではスティールギターは余り使われません。ハレクラニのハウス・ウィズアウト・キーの専属バンドぐらいしか聞く機会はありません。

さて、上の写真のバンドのスティール。ギターは40年以上前のもので、フェンダー製なのです。びっくりしてお聞きすると、当時で30万円だったそうです。初任給は15000円位の時代です。彼らは有名な学生バンドだったのでしょう。
今でもエレキではフェンダーがトップ・メーカーですが、スティールギターの製造はとっくにやめています。
もし、このビンテージのフェンダーをオークションに出したら、いくらの価格がつくのか見当もつきません。

このバンド以外にもさいか屋の幹部達がメンバーのハワイアンバンドの出演がありました。女性ボーカルの歌声はオールドハワイそのもので、ハワイアンウエディングソングは特に素晴らしいものでした。

両ハワイアンバンドにレパートリーに加えていただきたく、持参した「モンキーアイランド」のCDと楽譜をお渡ししました。両バンドが「モンキーアイランド」のことを良く知っているとのことで、大変嬉しく思いました。

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2007年6月 4日 (月)

慶早戦

慶応大学では慶早戦と言うことになっているらしいですが、体育会系以外の一般学生は早慶戦と言っているようです。
息子は昨日朝早くから神宮へ応援に行きました。私はテレビで観戦していたのですが、余りのワンサイドのゲームだったので、4回の裏を終わった時点でジムに行くことにしました。ジムのエアロバイクにもテレビがついていますので、後はそれで見れば十分と思ったのです。
車でジムに向かう途中はラジオで聞いていたのですが、突然の斉藤投手の乱調。びっくりし、またすぐにテレビで見たくなりました。ところが道路は渋滞しており、なかなかジムにつかないのでいらいらしました。

息子達もあの乱調までは静かにしているしかなかったようですが、あのときは一気に盛り上がったようです。

私の大学時代は早慶戦のようなエキサイティングな経験はなかったので、息子がうらやましいとも思います。応援の校歌を学生席で大声で歌うことを通じて、あの独特ともいえる同胞意識が醸成されるのでしょうね。
授業の合間に同期の野球部員とキャッチボールすると、野球は兄達と幼稚園の時からやってはいましたが、部活の経験のない私のほうがうまいなんて、笑えないレベルだったのです。
一度東大との親善試合を応援に行ったことがありますが、六大学では何十年に一度しか勝ち点がない東大にコールドゲームになる始末でした。下には下があるというエキサイティングではありませんが、貴重な経験はしました。

高校野球でいろいろ問題が出ていますが、スポーツ選手が活躍した場合、学校の広報・宣伝効果だけでなく、生徒のまとまりや自分の学校に誇りをもてるようになるということで、大きな意味があるのでしょうね。

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2007年6月 1日 (金)

早慶戦

明日から早慶戦ですね。大学野球がこれほど盛り上がったのは空前絶後のことと思います。

今から約40年の話になりますが、早慶の校歌をしっかり覚え、早稲田が勝つと高田の馬場、慶応が勝つと三田に繰り出し、でかい声で校歌を歌い、OBから酒をおごってもらっていた友人がいました。

息子は今春慶応に入学したので、今夜から前夜祭のようです。汚れても良い格好で来いと先輩に言われているようですが、どんなことになるのやら。
学生席はバックネット裏で500円だそうですので、うらやましい限りです。

息子の高校同期の親友が早稲田に決め、一緒に行こうと誘われていましたが、横須賀から高田の馬場への通学は苦しいです。横浜に住んでいたら親友の誘いにのり、斉藤投手と同期になったかもしれません。

さて、早稲田は全勝、慶応2敗で明日から2連戦です。もし慶応が連勝したら明治も含む3校での優勝決定戦にになりますが、それは明日の試合で斉藤投手が敗戦投手ということを意味します。
親としてはなかなか悩ましい早慶戦が始まります。

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2007年5月31日 (木)

ウォッシュレットの修理

先週リーガロイヤル京都とリッツカールトン大阪に宿泊しましたが、トイレは双方ウォッシュレットでした。
日本のホテルではもう当たり前の設備になりましたが、ハワイではまだ使ったことはありません。つけてほしいとお願いしているのですが。

ところでTOTOはウォッシュレット、イナックスはシャワートイレという商品名で販売しています。
かつてNHKのプロジェクトXではTOTOが世界で最初に開発したような内容でしたが、本当はイナックスの方が早かったのです。それを見たイナックスの開発部隊はがっかりしていたそうです。イナックスの幹部である友人から聞いた話ですが。

そんないきさつもあり、ウォッシュレット(シャワートイレ)には深い関心があります。
我が家は2階はシャワートイレ、一階はウォッシュレットです。
使用頻度の高いウォッシュレットの水の勢いが最近衰え、洗浄力がなくなったので、自分で修理することにしました。

私はメカ屋として20年以上研究開発・商品開発を生業としてきましたので、旋盤・フライス盤ややすり等の手作業での加工、また組み立てまでなんてもやってきました。
我が家の家電のメカ部の修理は自分でやっております。ほとんど直せますので、我が家の家電の寿命は一般家庭の2倍はあると思います。修理に出したら買ったほうが安いような状況のものも直してしまうことも多いです。

Photo_44 さてウォッシュレットの修理ですが、この写真の左の細い管を外すことからはじめました。
外したこの管内にパイプ・クリーナーを挿入し、針金を通しました。またノズルの部分も針を用いて清掃しました。

さて、組み立てて復元しようとしたところ、なんとねじが痛んでしまい、きっちりしまらずそこから水が漏れてしますのです。
最初の2回転ぐらいのねじ込みは指でまわし、注意深くまわしたにもかかわらずねじ山を壊してしまったようです。
女ねじが斜めになってしまい、奥までねじ込めないのです。
シーリングテープを何回も巻きなおし、直角にはめようとするのですがだめでした。

1時間ほどトライしましたが、NGだったので、女ねじやパイプの代替部品を購入しようと近くのはハードウエアハウス2箇所に行きましたが、売っていませんでした。双方とも水道コーナーにはかなりの品揃えがあるところなのですが。

残念ながらシャワートイレを買うしかないと思い、サイトで適当なものを探し、女房と相談することとしました。
その前にトイレとして機能しないと困るので、写真の真ん中にある分岐用のプラグをはずし、上下を直結しました。

部品レベルに解体し、細いパイプ側の女ねじ、分岐栓の雄ねじを見たところ、女ねじには導入部のねじ山に傷が見られ、また雄ねじの谷部には古いシーリングテープの残渣がこびりついていました。
やすりを用いてねじ山の傷を削り取り、また残渣を除去しました。

それらの部品だけでねじを締め付けると、今度はきちんとしまります。
勇気百倍で分岐栓を再度挿入、全て組み立て、いざ試運転。
結果見事に直りました。もちろん水勢も復帰しました。

取り替えるためには最低でも5万円ぐらいかかりますし、ごみとなる便座等をどうしようと考えていましたが、杞憂におわりました。

3時間を越す作業となりましたが、お金を使うことなく、また廃棄物を出すこともなく再生しました。
一度あきらめかけただけに達成感はかなりのものとなりました。

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2007年5月28日 (月)

Ran_1 Ran2_1

上の写真は5月10日時点での状態です。右は本日5月28日の開花状況です。
10年ぶりに昨年咲いて嬉しかったのですが、今年は狂ったように咲いています。
全て一本の茎から咲いているのです。
これだけ咲いてしまうとエネルギー切れになり、来年からしばらくは咲かないのでしょうね。

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2007年5月20日 (日)

東京湾の日の出

Photo_3これは朝4時40分ごろの東京湾の風景です。千葉の君津が見えています。
この時刻にはすでに、この馬堀海岸の護岸公園には散歩というより競歩といえるほどすごい勢いで歩いている人も沢山見られます。
ここには写っていませんが、手漕ぎのボートで釣りをしている人も数名いました。
この時期何が取れるのでしょうね。このあたりは東京湾の入り口で、ボトルネックのように狭くなっていますので、潮もはやい分だけ元気の良い、おいしい魚がとれるようです。

Photo_4 こちらはミナトミライ方向です。天気はぼんやりしているように思いますが、この時刻湿度が低いのか、ランドマークタワーがはっきり見えます。

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2007年3月27日 (火)

一眼デジカメ

Ranblossam 10年前ぐらいに買ったランは昨年までは開花しなかったのですが、昨年に引き続ききれいに咲きました。
昨日NIKONの一眼デジカメ初級機を買ったので、試し撮りしました。
銀塩一眼レフカメラとほぼ同様な感じで撮れます。中高年をターゲットにしたカメラですので、そのあたりは特に気をつけたのでしょう。

最近まったく利用していなかった銀塩カメラの交換レンズも装着可能なので、これからいろいろなものを撮影してみようと思っています。

インクジェットプリンターでも出力しましたが、諧調性やコントラストとかも良く、ネガをプリントしたような雰囲気になり、大変満足しています。

10年ほど前、研究所でインクジェットプリンター用メディアの開発をしており、その評価に今回購入した初級機と同様な性能を持つ一眼デジカメを利用していました。当時の価格は300万円を超えていましたので、20分の1以下になったことになります。
価格競争、量産というのは本当に凄いことですね。

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2007年2月23日 (金)

試作

昨日テレビのニュースで、試作専門のビジネスが伸びているとのことでした。大企業がスピードアップとコスト削減を目的に、試作部門を小回りの効く中小企業に委託することによるビジネスです。
これを聞いてびっくりしました。生産をコストの安い(東南アジアが多い)企業に委託するEMSでも、生産技術上の問題とかちょっとした問題点などが開発部隊に届かないので、問題があると思っていました。(実際そうなっている)

試作は研究開発・商品開発の中盤から最後に行われます。技術者にとっては最高にエキサイティング・幸せな時期になります。自分のアイディアで設計・製図した各部品を入手し、組み立て、機能・性能を評価する。
うまく行ったときは技術者にしか分からない喜びを感じますが、NGの時の落胆、そして気をとりなして再度の挑戦。このプロセスが無いと、研究・開発のインセンティブはかなり落ちるでしょう。

試作品を自分で作ることにより、設計者が考えていなかった機能や利点を発見することがたびたびあります。大きな特許とかに繋がることもあります。
この機会が無くなってしまうのです。

試作委託を受けた企業は、その製品の機能評価だけを能率的、安価に実現することになり、本来の目的以外の利点を見つけてもそれを取り上げることはまずありません。

日本のものづくり、競争力に対して、大変大きな損失になるのではないかと心配です。

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2007年1月21日 (日)

センター試験

Center_test 息子が今日もセンター試験に向かいました。自分の時から40年たちましたが、ただ待っているしかできないですので、自分のときよりいやですね。
この画像は英語リスニングに使われたデジタルオーディオ機器です。(帰りにもらえるのです)
文字やマークはありませんが、ソニー製らしいです。音質・使い勝手はよく考えられていると思います。
英語はリスニングが必須ですので、これから若い人たちのリスニング能力はかなり上がるでしょうね。遅きに失した感じは否めませんが。
ただ、昔のままの授業(発音)を続けている英語の先生はかなり苦しいことになりそうですし、そういう授業を受けざるを得ない生徒はかわいそうですね。

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2007年1月11日 (木)

コストコのラック

Costoco3 このところ月に2度ほどコストコに通っています。最近は三色カレーにはまっています。
ただ、行く度に商品の陳列・保管にについて疑問を感じます。消防法とかはクリアーしているのでしょうが、ラックの上部の高さは半端ではありません。品物をパレットに載せ、そのままフォークで持ち上げただけに見えます。地震を何回か経験した日本の大企業の工場では考えられない状況です。米国仕様そのままなのかもしれません。もっとも地震が起こるハワイにもお店があるので、堂なのか分かりませんが。
もし震度5程度の地震が起こったらどうなるのでしょう。あの高さと重たい製品の落下の直撃を受けたら首の骨はもたないでしょう。
このラック間の通路にいるときはいつも不安で地震が起こらないことを祈りつつ、一刻もはやく平積みのエリアに行こうとこころは焦ります。

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積算距離

Speedometer 私の車は先日積算距離が44444kmになりました。もう7年も乗っていますので、一年当たり6000km強ということになります。クリックすると画像が大きくなり、数字が見えると思います。
今から35年前ごろは一般道路を走り狂っていました。東名なんかない時代ですが、3年弱で10万キロも乗っていたのです。
当時の車は積算メーターは99999kmの次は0kmになってしまいました。そのときは結構感動しました。
4年で16万キロ乗って車を代えたのですが、ディーラーに「4年で6万キロですか、結構乗りましたね」と言われました。

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2006年12月 9日 (土)

どぶ板

Cotton_2 昨日どぶ板通りのショットバーで飲みました。昔ここには「コットンクラブ」という歴史のあるお店がありました。ヒデも通っていた、ロックミュージシャンにも有名な店でした。
数年前に廃業し、他の方がオーナーになり内部を大改装し、名前も変えてやっております。
前の店は私の思い出の場だったので、すっかり変わってしまった店には入りたいという気持ちがあり、この店では一度も飲んだことがなかったのです。昨日はまだ時刻が早く、ここだけが開いていたこともあり入りました。
中は原型をとどめないほど改装されていました。以前店の左手前にあったカウンターは左奥に変わっていました。逆に店の奥に会ったビリアード台は手前に置かれていました。よく遊んだ昔のままの台でした。
よく見るとソファは張り替えてありましたが元のまま。飾られている写真も一部は昔の物でした。
若い女性バーテンの人気があるようで、水兵が沢山おりました。1年前の水兵による日本人女性の殺人事件のあと、水兵はアルコールを飲める時間が制限されています。ここの店では規則通り大半がコークを飲んでいました。(アルコールを飲んでいる店も沢山ある) 

Black そこに30代後半と思われるシビリアンが飲みにきました。日本語を見事に話していましたが、突如黒板に漢字を書き始めました。
びっくりして、「日本に10年くらい住んでいるのですか」と聞いたところなんと「2年ちょっと」だそうです。さらにアメリカで日本語を勉強していたのか聞いたところ、日本に来てから始めたとのこと。
周りにいた水兵たちは彼はとても頭が良いと言っていましたが、たった2年ちょっとでこれだけ漢字をかけるというのはかなりの才能の持ち主だと思います。
私が今までにあった人で、一番頑張った人でも2年程度ではひらがな、カタカナそして簡単な漢字が読める程度でした。才能というのは凄いなと、この年になっていまさらながら驚きました。

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2006年12月 4日 (月)

ラジコン

Heli先日、近くのディスカウントショップにDVDRを買いに行ったのですが、そのおもちゃ売り場にこのラジコンヘリコプターが山積みされていました。
電池駆動の室内用ヘリコプターです。
まさにおもちゃそのものなので、本当に飛ぶのか半信半疑でしたが、3000円なので飛ばなくてもよいからと買いました。(操縦というよりただホバリングしているという感じですが、飛ぶことは飛びます)

今から約50年前、私が小学校低学年の時ですが、ラジコンの自動車がほしくて仕方がありませんでした。
東京にあった父の会社に初めて行ったとき、銀座三越のおもちゃ売り場にラジコンカーを見に行きました。当時は横須賀では売っていませんでした。
憧れのラジコンカーがショーケースに3台飾ってありました。女性社員は父からお金を預かり、三越まで一緒に行ってくれたのです。
いざ現物を見ると、なんだか買ってはいけないと思い、他の安いおもちゃを複数買って帰りました。
陳列さてていたラジコンカーの価格はみな1万円以上でした。多分女性社員の給料より高かったのだと思います。おもちゃの価格を見たときのその女性のため息で私は買ってはいけないと思ったのです。
本当はほしかったのですが、そのとき以来決してほしいとは言わなくなりました。

そんな原体験を持つ私にとって、わずか3000円のヘリコプターの出現は本当に感慨深いものがあります。
ヘリコプターの姿勢制御は高度なサーボシステムが必要で、10年前くらいは10万円以下のものはありませんでした。また操縦も難しく、(すぐ壊す)ラジコン飛行機をマスターしてから始めたほうが良いと言われていました。
数年前は最先端技術を誇った電子部品が、今はただ同然になったのでしょう。機体は超軽量素材とl構造でできています。電池の進歩と価格低下も凄いものがあるのでしょう。
なによりも東南アジアの若い女性の圧倒的に低い人件費によって作られているのだろうと考えると、40年前のことを思い出し、また複雑な気持ちになります。

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2006年11月25日 (土)

クリスマス、東工大

Marion 昨日歌舞伎座の用件で銀座に行きましたが、あのあたりはクリスマス商戦一色という感じでした。
これは銀座マリオンの電飾です。クリスマスツリーの電飾用には私は温かみのある豆白熱電球が好きですが、この様な幻想的な表現には白色LEDが向いていますね。雪の降りしきる夜空を感じさせます。
私が見た白色LEDの電飾では一番成功した作品だと思います。

ところで、この白色LEDも特許紛争で有名な日亜化学社員だった中村修二さんの発明によっています。
彼がいなかったら、白色LEDの実用化は数年は遅れ、LED発光素子は相当高価なものになっており、こんなところには決して使うことはできなかったでしょう。
この電飾をみて、そんなことを考える人はごく一部の人でしょうが、私としては沢山の人に研究者・技術者の思い、あるいは今も孤立無援状態で信念に燃えて頑張っている研究者・技術者がいるということを考えてほしいと思います。

その後、東工大に行きました。漠然と受験勉強を続けている息子に大学を見せたかったのです。一緒に遊んだ同期が制御工学(機械系)の教授になったおり、彼に頼んで息子の希望の建築科を見せてもらったのですが、著名な建築科の教授が授業、スケールモデルなどを作っている実習室、教授の専門である地震実験室、そして建築家の仕事などについて詳しく説明してくれました。
その後機械系の実験室や教授の部屋等を見せてもらいました。
息子は初めてみる大学のスケール、大学教授と初めて話しをする機会をもったこと、もちろん授業風景など驚きの連続だったようです。またそのあとキャンパスの周りの商店街に行き、食事をしたのですが、自由が丘とか渋谷に近い大岡山のロケーションの良さを認識したようです。また機械系の仕事にも興味をもったようです。

地域住民が対称な賑わいのある北口商店街に比べ、私がよく遊んだ(あまり学校にいた記憶はない)正門近くの南口商店街は随分寂れており、毎日通った雀荘やパチンコ屋もありませんでした。
学生は我々の時代よりはるかにまじめに、一生懸命勉強しているなと感じました。

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2006年10月 7日 (土)

CEATEC JAPAN

Ceatech 10月5日に幕張メッセで開催されているCEATECを見てきました。民生品のブースが立ち並ぶコーナーでは相変わらず大型ディスプレイがやけに目立ちました。この写真はパイオニアのPDPのデモの様子です。フル企画1080の解像度の50インチのプラズマが数十台同じ画面を表示していました。

フラットディスプレイは液晶とプラズマの熾烈な生き残りの様相をしめしており、国内市場ではシャープと松下の消耗戦ともいえるようになっており、そのハザマで資金力の弱いパイオニアはかなり苦しい状況にあります。
映画を鑑賞するには液晶よりプラズマの方が原理的においても適しており、さらにパイオニアの表示性能はプラズマでもNo1にあるので、どうにか生き残ってほしいと思います。
ただ、私にとってパイオニアのブースにおいてはNHKと共同開発中のHEEDを用いたハープ撮像素子が一番興味を引かれました。

月明かりでも十分撮影が可能なこの撮像素子は、まだ高価で特殊用途にしか使えませんが、コストダウンが達成できたら、防犯カメラとして比類なき性能をほこり、テロ対策に大きく資することができるでしょう。人間の目ではよく見えないところも十分顔の判別ができるますので。

それにしてもソニーは芳しくありませんね。松下はブルーレイDVD2層ディスクにて録画を可能としたものが出展されていましたが、ソニーは技術的に未達のようです。
放送機器、プロ用機器では圧倒的な技術力を誇っていたソニーに対し、かつては「まねした電器」なんて揶揄されていた松下が今では技術の面でもソニーを凌駕しているように見えます。
パソコンのリチウム電子の問題とかも含め、早急に解決しないとソニーは本当にサムスンに抑えlこまれてしまうと思います。技術に造詣の深い、技術を愛する経営陣となることが望まれます。

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2006年8月 1日 (火)

横須賀市

Mayor この画像の中心近くで白い半そでシャツを着ている男性は横須賀市の市長です。
ダイエー内にあるジムの帰り、ビールを飲むためのつまみ類を買っていたら、偶然市長とお会いしました。早くに奥様をなくされたのですが、ここで良く買い物をしているとのこと。(肖像権とか考え遠景としました)
市長は中高の4年先輩に当たります。
もうすぐに原子力空母の関係でサンディエゴに視察に行きますが、初めてとのことです。私はサンディエゴには2回ほど行ったことがあります。米軍の知り合いの将校の両親がサンディエゴのコロナド島に住んでおり、何回か伺ったことがあります。彼らはアメリカを代表するリタイア向けの高級住宅地に住んでいるのです。軍の施設もあり、トップガンのロケ地でもあります。プールでのパーティーシーンはここのプールで取りました。(利用しました)
コロナド島にはデル・コロナドというアメリカ歴代大統領が宿泊したホテルがあります。ここに訪れることをお勧めしました。ブランチは特に有名で全米中にとどろいています。
サンディエゴは最近はバイオ関連のビジネスで有名になりましたが、もともと軍事産業が市を支えており、第7艦隊の中枢のひとつです。他はハワイ(パールハーバー)そして横須賀なんです。
実はホノルル市も観光産業より軍事関連の方の収入のほうが多いのです。ダイアモンドヘッドの中には一元的に軍用・民間を管制する大きな施設があります。有事の際はホノルル空港に民間機が下りられないなんてこともあり得そうですね。ただスペースシャトル用の長い滑走路も開いていますから、そんな心配は不要かもしれませんが。

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2006年7月18日 (火)

バンコク

一週間前友人と会い、20日から急遽バンコクに行くことになりました。宿泊は友人宅に3泊、ホテル2泊です。友人はホテルと空中回廊でつながったコンドを持っています。プール、サウナ、ジムが自由に使え、ルームサービスも利用できるとのこと。夢みたいな話ですね。ホテルはバンコクで最高級でありますので。
エアーはUAのマイレージで取りました。4万マイルでファーストという特典がありますが、取れないとのことで、アライアンスのタイ航空6万マイルビジネスにしました。その後UAから4万マイルファーストがとれるとの連絡がありましたが、UAだとバンコクに夜11:00着で友人宅着は深夜になってしまうのです。(後から知りました)
初日にホテルにとまるのならUAにしたかもしれません。
タイのビジネス席は結構よさそうなので期待しています。前回のハワイUAファーストは期待はずれでしたが。同じランク、同じエアーでも機体やスタッフにより全然印象が変わりますね。

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2006年6月28日 (水)

遺留品

Takakusa 先週末に高草氏のお通夜で上野に行きました。上野駅近くのお寺なので、楽しげに家に向かう観光客が沢山おり、複雑な気持ちになりました。
高草氏は大学そして私が勤めていた会社の後輩であり、研究所時代には隣のグループに属していました。彼は知的財産部に異動になり、そこで勉強に励み弁理士の資格をとりました。その後特許事務所に転職しました。
私も転職、大小の会社とお付き合いがあり、その中で特許出願等について相談されることがあり、そういうときは高草氏に色々お願いしておりました。

5月末に、勤めていた会社の同僚の奥さんを通じて彼の遭難の話を聞きました。その話では3月の山スキーで雪崩にあい、行方不明になっていると聞き、大変驚きました。
6月になり雪がとけ、ヘリコプターから発見され、先日葬儀が執り行われたのです。
5月の連休に山仲間が捜索し、そのとき発見されたのがこのザックとピッケルです。
ピッケルはスイス製の丈夫なものなのでしょうが、先が曲がっております。雪崩ですが大きな岩石を含んだものだったとのことです。この発見により、遭難現場が特定され、発見につながったそうです。
今後もますますの活躍が期待された高草氏のご冥福を祈ります。

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2006年5月16日 (火)

交通事故

昨日早朝交通事故を起こしました。といっても自転車で自爆、転倒しました。
自転車といってもいつものコースの最高速度になるところ、時速42,3Kmでの転倒ですので、倒れる瞬間相当やばいと思いました。私の自転車には累積走行距離、消費カロリーを見るために計器が装着されており、カーブでスピードを確認した直後転倒しました。
観音崎に向かう途中、走水小学校を左にみて海に向かってまっすぐな急坂、そして右側への急カーブがあります。
このところ路面が悪くて数日走っていなかったのですが、昨日は数日来の雨で泥が流されており、タイヤのグリップも最高でした。しかし、カーブの路面には車からもれた油があったのです。
ほぼカーブを曲がりきったところで転倒したので、同じ車線上を体が滑っていき、ガードレールに突っ込んだり、対向車線にはみでませんでしたのが幸運でした。
また20メートルくらい滑ったと思いますが、単なる打撲と擦り傷ですみました。(といっても結構なもので、今もまともに歩けませんが)
自転車の上に乗った状態で滑走したようです。買ったばかりの自転車はかなりのダメージで、足を引きずりながら自転車を押して帰りました。道路の車からかなり注目されました。
それにしても運が良かったと思います。40km以上で転んだ場合の10回に一回の幸運だと思います。10回に一回の不運ですと今頃お通夜の準備でしょう。
今になって右腕の上腕三頭筋肉が痛くなってきました。倒れたとき、体を支えるために強烈な力が右腕にかかったのでしょう。クッション性の良い手の平ですが、右手の手のひらは打撲でかなりはれています。
週に2回は100kgのンチプレスをやっていますが、上腕三頭筋が痛くなることはありません。もし今回の転倒で右腕が弱かったら、顔面が地面に叩きつけられたと思います。
体を鍛えるために自転車に乗って事故を起こしましたが、体を鍛えているので軽傷ですんだようです。

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2006年4月29日 (土)

ラン第2弾

Ran2 階段の踊り場においてあった蘭が10数年ぶりに咲いた画像を一月ほど前にUPしましたが、今度は庭の端に頬っておいたマリリンモンローがこれも10数年ぶりに咲きました。
今年の気候は温度差とか、湿度とか蘭に刺激したのでしょうね。10数年咲いたことのないものが同時に咲くのですから。

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2006年4月19日 (水)

使っていないパソコン

Percom 我が家には6台のパソコンがありますが、1台はここ1年間は使っていません。邪魔になるのでどうしようかと思っていましたが、ちょっと玄関においてみました。
昔は玄関に黒電話がおいてありましたが、そんな感じです。普段はハワイの画像をスライドショーにし、ハワイのインターネットラジオを流しています。結構いい感じです。
出かける前、ちょっと天気予報とか電車の時刻表をみるとか結構便利で、おすすめです。

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2006年3月21日 (火)

ハマボール

hamabowl 18日高校時代の卓球部仲間が横浜の飲み屋に集まりました。そこはハマボールの近くにあり、時間があったので久しぶりによってみました。中学・高校時代スケートやボーリングをよくやっていたところなのです。

入り口のショーウインドーに昭和55年の東京12chで放送された番組の収録後の記念撮影の写真が飾られていました。

ボーリングの絶頂期で、中山律子、矢島プロなど当時の若さあふれる姿が見えました。このときにはあんなに元気だった須田加代子プロが癌でなくなるなんて誰も考えていないですね。

10年前くらい見たときは廃墟に近い状態だったスケート場は若い女の子と付き添いのおかあさんでいっぱいでした。トリノの効果はすごいものがあります。

実は卓球場もあるので、飲み会の前にちょっと卓球もしたかったのですが、皆仕事で忙しく、そんな元気がないようです。驚いたことに、作曲家、公認会計士と私を除きドタキャンも一人を含め4人は皆取締役になっていました。ゴルフはやっても卓球は無理なのでしょう。

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2006年3月18日 (土)

卒業式

graduation 娘が昨日大学を卒業しました。この姿はいつごろから始まったのでしょうね。30年前くらいからでしょうか。

もっとも私の亡き母の高女の卒業のときはこんな格好だったようで、もし今見たらどんなに喜んだことでしょう。

卒業旅行とかでアメリカとオーストラリアに行き、その間にスノボーなんてに行っていましたが、さらに今日からまたスノボーだそうです。今年は雪が多かったですが、春の訪れがはやく、雪がざらめ状になっていそうで、怪我をしないか不安です。3月31日に入社式があるようなので。

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2006年2月18日 (土)

開花しました

ran 何の変哲もないランですが、私にとっては嬉しい開花です。もう10年以上前に買ったものです。花が終わっても窓際においておき、適当に水遣りをしていましたが、枯れないだけで存在がほとんど気につかないものでした。

ところが今年一気に花芽が出てきて、ついに咲き始めました。他の枝も花芽がありますので当分楽しめそうです。

今年は特別なことをしたわけでないのですが、なんで咲いたのでしょうね。不思議です。

もっと沢山花がついたものを買っても大した額の種類ではないのですが、こうやって10数年ぶりに咲いてくれると買ってきたものよりはるかに嬉しいですね。

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