2009年10月29日 (木)

JALの危機管理

Photo ヒルトングアムを26日2時にチェックアウトしました.親密になったタシクラブの女性2人が嬉しいことにわざわざ職場を離れて車寄せまで見送りに来てくれました.

グアム空港を4時半(現地時刻)に離陸,成田には7時(日本時刻)着予定でしたが風の影響か6時20分ごろ到着とのことでした.
離陸直後台風の影響で気流が悪く成田付近はゆれるとのアナウンスがありました.
揺れはそれほどでもないと思いながらいよいよ滑走路が見えて来ました.後十数秒でタッチダウンと思っていると一転急上昇です.しばらくしてもう一度着陸をやりなおすとのアナウンスがありました.座席のモニターで空港からどんどん離れて行くのが分かりました.40kmぐらい離れたところで機体がやっと成田方面を向きました.

20分後やっと着陸と思ったところまた急上昇.まるで戦闘機のタッチアンドゴーの世界でシーシックバッグのお世話になる人がいました.
一度目の上昇のとき冗談で「羽田かも」なんて言っていましたが,まさにこれから羽田に向かうとのこと.
通常1時間程度の予備燃料を搭載していると聞いたことがありますが,もしそうだとすると3回目は着陸を強行するしかないので,気流がより安定しておりリスクの少ない羽田に向かったのでしょう.
羽田の着陸時刻は成田着陸予定時刻より1時間ちょっと遅れましたが,大半の客にとっては帰宅時刻は余り変わらないでしょう.
しかし成田に車をおいてある私達は悲惨です.駐車場の営業時刻10時を超えてしまう可能性があります.これから車を成田まで取りに行くか,明日車を取りに行くか思案のしどころです.今すぐに京急で帰りたいのですが,明日1日つぶれることを考えれば車を取りに行きたいところです.
それでCA(アジア人)にちょっと対応について尋ねたところ,単なるお茶の要求とは異なる会話なので日本語が通じません.ある年齢の日本人CAを見つけ「どんな対応を取ってくれるのか」と尋ねたところ「私の立場では答えられない」とのこと.地上で聞いてくれとのことでした.

それで「今までの対応はどんなケースがあったのか」と再度聞いたところそれも答えられないとのこと.「言質をとるつもりではなく,単に今までの対応を聞いているので答えないのはおかしい」と詰問したところ「確かにお客様の言う通りだと思うが,私はJALに来てまだ数ヶ月なので分からないのです」とのことでした.アジア人のCAを仕切っている立場に見えたCAがこんな状態なのです.

JALは数年前からひどい収益構造にあり,コストカットの為人件費の安価なアジア人CAを雇用していましす.それだけでなく日本人も含めCAへの教育が出来ていないと思いました.安全性もカットしているとしか言えないのでは.

着陸空港の変更は乗客にとってはめったにないことだと思いますが航空会社にとってはそれほど珍しいことではないと思います.
この程度のことでもマニュアル化されていない,もしくはCAへの教育が徹底されていないというのは「JALは危機管理という概念を喪失した」言ってもそれほど間違いがないのではないかと思います.今回のケースでも昔のJALならベテランCAが的確に対応してくれたと思います.

こんな状況ではどんな小さな事故でも機内は確実にパニックにになると思います.(今回機内アナウンスの声はどうしようもなく動揺していました.)
私はもうJALに乗ることはないと思います.JALの再生は公的資金による収益の改善だけでは無理のようです.

ps:
車はJ3という駐車場屋さんに空港渡し,戻しで頼みました.空港戻しの場合すぐ車に乗れるのでグアムからTシャツ1枚で帰国便にのりました.(機内持ち込みに長袖を入れるのを考えた末やめました)
30℃以上のグアムから15℃以下の冷たい風の中Tシャツ一枚の姿,成田ではリムジンを屋外で30分間以上待ち,また羽田では10分くらい自分の車を待つことになりました.
(あらかじめ携帯で連絡を取っていたので営業時刻を超えていましたが快く対応してくれました)

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2009年9月 1日 (火)

浅尾慶一郎

衆議院選挙は私の予想を遥かに超えるものとなりました.
30日夜8時からテレビを見続けているうちに朝になってしまいました.
00000 民主党の大躍進でスイッチが切れなかったこともありますが,浅尾議員がどうなるかが分からないことが最大の理由です.
5年ほど前,私は浅尾議員の秘書を務めていたこともあります.もしものときは彼だけでなく彼の廻りの人たちのことを考えていました.(落選した自民党議員の秘書や事務方はどうなるのでしょう.落選者が少なければ互助会的なかたちで他の議員の事務所に移れば良いのですが,これだけ多いとそうもいきません)
浅尾議員の資質や人柄を気に入り,熱心に応援してくれる基本的には自民党支持の業界トップの方も後援会には大勢おられました.
その様なご恩を受けてきた人たちに対しても顔向けが出来なくなるのでは心配していました.
上の写真は8月初旬に開催された,それら後援者に対して離党した経緯を説明した集まりのときのものです.
浅尾議員は包み隠さず説明してくれましたが,普通にしていれば政権交替後大臣にもなれるのにも拘わらず落選というリスクを負うまでの理由は最後まで私には理解できませんでしたが.
何はともあれ比例ですが当選しましたので嬉しい限りです.
高い能力と日本の政治家ではまれな国際感覚を持っていますので今後の活躍を期待しています.

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2009年5月25日 (月)

つばさと文化

NHKの朝ドラでビリヤード台をテーブル代わりに使っているシーンが良く出ます.40年前にビリヤードをやっていた人間からすると見たくないシーンです.
昔ビリヤードを始めた人は高点者(上手な人)から色々教えられたり叱れたりしてマナーを憶えたものです.(ゴルフも同様でした)
ビリヤードで一番気をつけなければならないのはラシャです.ラシャは毛が立っており物を置いたりするとそこだけ毛が寝てしまうことになり玉がまっすぐ進まなくなります.ゴルフ場のグリーンと同様ですね.
つばさではラシャの上にラジカセを置いたり本を置いたりと机代わりに使っています.ビリヤードを知らない人たちがドラマを作っているからと我慢をしていたのですが,球とキューがおいてあるシーンがありました.それを見てNHKの番組相談窓口にメールを入れたのですがなしのつぶてだったので電話しました.
担当者ではらちがあかず,上司に代わって貰いました,上司はドラマ制作にかかわっているわけではないので視聴者としてみた場合との理がありましたが,プレイはやっておらず(そういう場面は確かにない)単に大机として使っているだけとのことでした.
今日の放送を見てもプレイしている場面はありませんでしたが,台にはキューとプレイできるだけの球が並んでいました.本とか他のものは何も載っていませんでした.あれを見ればさっきまでプレイをしていたと思う人が大半だと思います.

私としてはビリヤードを始める人や初心者にあのように台が扱われているのを見て欲しくは無いと思います.NHKの影響力の凄さはちょっとだけ出演した自分も経験しています.つばさはビリヤードのマナーや文化に悪影響を与えることになると思います.

川越という文化のある町でドラマは設定されているのを考えるとなお更です.
30年前のサラリーマン時代,川越に工場があったのであの辺りには今も愛着があります.

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2009年5月 9日 (土)

つばさ

現在放送中のNHKの朝ドラ「つばさ」はそこそこ人気があるようですが私にはどうしても我慢ならないシーンがあります.
今,隣にあるテレビでその番組を見ながら書いています.
この朝ドラではビリヤード台を机代わりに使う場面が度々出てきます.今日のシーンではキューとか球が置いてあるので,実際にゲームにも使っているという設定なのでしょう.
ビリヤード台は高精度の装置とも言えるものです.
特に表面を覆うラシャは微妙,華奢でビリヤードの命とも言えるものであり,キューを置くことも許されないものなのです.
(昔はビリヤード屋でキューをラシャの上に置いままにしたら間違いなく上級者から注意を受けました,球を置いたままにするだけでその下がへこみますので,ゲームが終わったらすぐに片付けました)
ラシャの上で物を置いたりさらに字を書いたりしたらその部分のラシャが確実にへこんで球がまともに転がらなくなります.(よたると言います)それを平らに戻すには多大な費用がかかります.場合に寄っては高価なラシャを交換するだけでなく(高度な技術がいる)台表面を研磨する必要がでてきます.
ゴルフ場のグリーン上でお弁当を広げるシーンがあったらどうなるでしょう.それよりひどいことなのです.
つばさのスタッフ全員が全くビリヤードを知らない人たちなのでしょう.
なんとなく格好が良いと思って小道具として使ったのでしょう.どぶ板のショットバーには本来より小さい台を使い,コインを入れるとゲームができるおもちゃのようなビリヤード台があります.プロレスラーの様な水兵も仲間としばしばプレイしていますが,そんな彼等も台はきちんと扱っています.
それにしても連日こんなあり得ないことが放送されていますが,ビリヤード協会からクレームが行っていないのでしょうか?(私が本日クレームを出しました)
こんな番組を見た人があるとき初めてビリヤードをやることになったら,どんなマナーでプレイするのでしょう.
テレビの影響力は強烈ですからこのままでは大変なことになるでしょう.

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2009年4月21日 (火)

エコカー試乗会 at 自民党

19日(日)に自民党本部でエコカーの試乗会が開催されました.既にニュースで見た方もおられると思います.
この試乗会は私がお手伝いしているコンサル会社がコーディネートしたので野次馬としての見学と写真撮影を担当しました.
自民党本部の入場口の近くには警察のバスと数名の警官がたっており,入場者のチェックに当たっていました.
入場許可証を持っているかどうかのチェックだけで,ヨコスカベースの入場よりはるかに簡単でした.

Photo_2

国内各社のエコカーがほぼ全て展示されていました.ハイブリッド,クリーンディーゼル,そして話題の電気自動車です.
この写真はスバルの電気自動車です.ダミーですが充電スタンドがおいてあります.
将来ワンコインで急速充電でき,300kmぐらい走れるようになるのでしょうね.
電気自動車の普及が進むとファーストフードの駐車場なんてに充電スタンドが設置されることになるのでしょう.

Photo_3 麻生首相は展示してある全てのエコカーに乗り込んで各社のトップから説明を受けていました.
これらの車は後ほど試乗会があり,自分でエコカーの感触を体験できますが,首相の運転は禁止されているので,麻生首相は乗り込むだけでした.
この写真では周りがどんな状況か分からないと思いますが,廻りには沢山のメディアの取材陣が首相の一言も聞き逃さないように取り囲んでいました.


Photo_4 これがその状況です.これだけ見ても内閣総理大臣の重要度が分かりますね.
日本の主要なTV局や新聞社・雑誌社のカメラマンや記者が散見されました.
同じカメラマンでも新聞系とテレビ系では雰囲気や服装が全く違うということに気がつきました.新聞系の方が泥臭いというかジャーナリストという感じを受けました.
左にいる後ろ向きの方はSPです.こんなところでも絶えず目線を動かし警戒しています.
いざと言うときはいつでも動けるよう緊張しているのでしょうね.
Photo_5 一台一台の車を降りるとそのたびに当選した参加者家族との記念撮影です.
一番上のお相撲とりみたいな人は慶応大学政策メディア研究科金谷教授でコンサル会社の代表です.
今回の試乗会を企画・運営しました.
麻生さんのスーツはテレビで見ても素晴らしいものだとわかりますが,この日は明るいブルーのブレザーでした.
あんな明るいブレザーを中高年が着たらチンドン屋になりかねないのですが,品質の良さは逆に品位を作っています.
我々が着ているブレザーの一桁上であることは間違いないと思います.

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2009年4月19日 (日)

60年代の話 ベレG エレキ VAN

1_van 先日VANの話になりましたが,たんすを探したらこんなものが出てきました.
忘れていましたが記念として取っておいたVANのYシャツです.
これは社会人になってから買ったものだと思います.よく分かりませんが.
団塊の世代の私たちの学卒初任給は5万円前後になっていました.
これは4000円ぐらいだったと思います.高校生のときに比べれば手に入れ安くはなっていますが,今の物価だったら1万5千円ぐらいになりますね.今ではそんなシャツは絶対買いません.(買えません)

1_2 これは段葛にあった茶道具屋「吉祥庵」前でのベレGです.
母がお茶の先生だったので何回もここに行きました.
後ろ側の家が「吉祥庵」ですが,現在は外観はそのまま残して「こ寿寿(こすず)」という蕎麦屋となっており観光客が外で待つ人もいるほど繁盛しています.
このベレGは2台目でブルー・メタですが最初のベレGはユーミンの「コバルトアワー」に出てくる白のベレGでした.
このベレGは後に城ヶ島の駐車場で前進,バック連続スピンターンの練習中転がしてしまったのですが.

Photo これは高松マリンパークで演奏した時の写真です.
一番右側が私です.加山雄三の「ブラックサンドビーチ」はリードと取っていました.
私のエレキはグヤトーンのモデルシャープファイブです.
当時神様ベンチャーズのモズライトを加山雄三や寺内タケシが使っておりました.垂涎の的のエレキでしたが,1台27万円と今の物価換算では200万円以上になるでしょう.
私のエレキは54000円でしたがそれでも学卒初任給の倍以上でした.

60年代私の青春は VAN,エレキ,ベレGだけみたいなものでした.

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2009年2月21日 (土)

30年前の海外出張

30年ぐらい前に同僚から聞いた話です。彼は取締役のかばん持ちで海外の学会に参加しました。目的地に着くと取締役は駐在員に命じ視察と称して駐在員に案内させ観光旅行。かばん持ちは1人で学会に参加し、朝から講演を聴いたり資料を集め、ホテル戻ってからは夜遅くまで当日の整理と翌日の準備。
そのころ取締役は社外の知り合いを招いて一流レストランでのおいしいワインとディナー。その後はバーへ。すべては当然会社経費。
帰国後、かばん持ちは自分だけでなく取締役の出張報告書も作成。
数年後に会社も余裕がなくなり、取締役と言えどもこんな海外出張はできなくなりました。(30年前は入社2,3年でもビジネスで出張していました。)
しかしどこかの世界ではいまでも同様なこと、それ以上のことが行われているのですね。
専用機の往復だけで4000万円かかるそうです。

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2009年2月13日 (金)

パイオニアはPDPから撤退

パイオニアがPDPから撤退とのニュースが流れました.とても残念です.
私は大学卒業後パイオニアに入社,音響研究所に配属になり,レーザーディスクの開発を担当しました.今から35年以上前の話です.
レーザーディスクは技術的にも資金的にも大変な困難を乗り越え,実用化することが出来ました.その後,ビクターから安価なVHDが発売されました.
ソニーのベータはVHSに駆逐されました.それと同様の運命になると思われたときにカラオケのブームが起こり,耐久性に劣るVHSは市場から撤退しました.
性能的にはベータはVHSよりはるかに優っていました.
レーザーディスクもVHDよりはるかに性能・機能は高いのですが,製造コストがかかるために同じ運命になる可能性があったのです.10回も見れば充分な映画ソフトが主流だったらレーザーディスクは負けていたでしょう.
生き残ったレーザーディスクの技術は後のDVDやブルーレイにつながりました.

その後私は旭硝子に転職し,中央研究所で液晶表示装置の商品開発に当たりました.
自動車用を担当していましたので,デトロイトで学会発表やビッグ3の研究所でのプレゼンなど実施しました.25,6年前の話です.当時世界を牽引していたビッグ3から今の状況は考えられません.

Photo その後独立して現在も技術コンサルを中心に活動しています.2007年の12月に出版したパイオニアのPDP「KURO」に関する本のゴーストライターをやりました.パイオニアの最高の物を目指す技術の歴史とその結果としてパイオニアのkuroが最高の表示品位を示していることを解説した本です.
研究所時代の液晶技術から考えると現在の液晶の表示性能は信じられないものがあります.しかし所詮液晶は「液体+光学的には結晶」なのです.プールの中で走ることが出来ないのと同じで,速い表示は原理的に不可能です.

パイオニアのPDPは難しかった映画館並みの黒の表現を可能にしました.映画をじっくり見るには最適なディスプレイです.液晶だけでなく他社のPDPとも一線を画す表現力です.米国の著名な映画監督の大半は「KURO」のユーザーです.
その技術が消滅してしまうのです.

ビデオテープと薄型ディスプレイは営業力の差で性能の高いものが負けました.性能の優位がビジネスとして成り立ったのはレーザーディスクだけです.
性能が高いものが絶滅してしまうのは元技術者としては残念無念であります.それ以上に
人類の発展にとってもマイナスだと思います.
価格競争,営業力が高い技術を駆逐しているのです.

パイオニアにおける薄型ディスプレイでの欠損はオーディオ部門の研究にも影響を与えます.今後世界最高レベルのスピーカー技術も大きな痛手をこうむることになります.
金融資本主義はこんなところにも陰を落としているのです.
良いものが生き残れる世界にしないと人類の未来は明るくないと思います.技術を文化同様と残さなければいけないものと捉えて欲しいものです.

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2009年1月16日 (金)

未来の自分への手紙

本日朝日新聞朝刊の声蘭に「成人式を祝って届いた手紙」という投書がありました.息子の幼稚園の担任が息子宛に成人を祝った手紙をくれたとのことです.
私の息子にも小学校担任だった先生から成人式の数日前に手紙が届きました.その先生は書道がとても上手なのですが宛名を見るとたどたどしいのです.小学校の最後の授業の時先生から「自分がどんな大人になりたいか」との課題を与えられ,宛名も自分で書いた手紙だったのです.
アンジェラ・アキさんの「未来の自分への手紙」という歌があります.
まさにそれなのです.
そんなことをすっかり忘れていた息子に帰宅後その手紙を渡すと階段を駆け上り自分の部屋に閉じこもりました.
あとでどんなことが書いてあったか聞いたのですが秘密だとのこと.
クラス全員の手紙を8年間も保管し,また今一人一人を思い出しながらコメントを加え投函してくれたのです.(先生は息子が何か書いたかは知りません)
息子が小学生の時に何回かお会いしましたが素晴らしい先生だと感じていました.
こういう先生に学んだ息子は幸せだとつくづく思いました.

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2008年12月19日 (金)

ジャンボくじ

Photo_2 Photo_3 
Photo_4 ジャンボくじの凄い行列です.
左は最後尾です.バス停があるのでそこだけは開けてあります.隙間がある場所がたくさんあります.この隙間の移動の際に脇から入るとかずるを防ぐためでしょう,かなりの数のガードマンが配置されていました.右の写真は売り場です.7番が一番あたるとのことでここで買うのは2時間以上待たねばなりません.
毎年ここの売り場が日本で一番あたるとのことですが,ここの売り場の売上が一番なのですから数学の大数の法則が実証されているだけです.
それでも2時間以上も並んで(確か)償還率30%に夢をかける人がこれだけいるのです.

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