2009年3月12日 (木)

パイオニアのPDP kuro

Photo 2007年の年末に「ブラインドテストNo1」というパイオニアの歴史や技術を扱ったビジネス書が出版されました.
かつてパイオニアで働いていたということもあり私はその本の一部を書きました.
メーカーをつげすに薄型ディスプレイのPDPや液晶を見せるとパイオニアのPDPがNo1の評価を受けていたのでそれをタイトルにしたのです.
パイオニアのPDPは黒の黒さが圧倒的です.ハリーポッターなど映画では暗いシーンが度々出てきます.闇夜にカラスと言いますが,パイオニアのPDPは闇夜にカラスを映し出すことができます.
専門誌や映画監督などからその高い表示能力は絶賛されていましたが,高性能のものを作るにはどうしてもコストがかかり低価格競争に負けて今年の3月でパイオニアはPDPから撤退します.
以前よりパイオニアのPDP「kuro」が欲しかったのですが,生産中止とのことを聞き50インチのkuroを買いました.
PDPは先週届いたのですがテレビ台は今日になり汗をかきながら組み立てました.
Photo_2 我が家のラックにはもうこれ以上増設できないほど機器が詰まっています.
上からレコードプレイヤー,ケーブルテレビのSTB,ブルーレイレコーダー,ダブルカセットデッキ,レーザーディスクプレイヤー,100枚収納できるCDオートチェンジャー,VHSがDVDにダビングできるレコーダー,8ミリビデオデッキ,そしてAVアンプです.
その配線の数は半端ではありません.さらに5.1chですのでそのスピーカーコードもあるのです.まあ一般の方の4倍ぐらいあると思います.
配線をやるときは朝から気合でやらないとだめです.酒でも飲んだらまず面倒でやれません.
Photo_3 ラックとPDPをコントロールしてAVを楽しむにはこれだけのリモコンが必要です.
昔AV機器を設計していた人間でもこの歳になると面倒だけでなくわけが分からなくなるときもあります.
間違ったリモコンを押して作動しないなんて悩んだりするのです.
ということでリモコンにナンバーをつけ,ケーブルテレビを見るとき,ブルーレイDVDを見るとき,昔のビデオを見るときとか表にまとめどのリモコンを使ったらよいか分かるようにしました.
しかしいくらマニュアルを作っても女房では無理でしょうね.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月31日 (金)

シニア割引での映画鑑賞

映画鑑賞に関してはシニアは厚遇されていると感じます.60歳からのシニア割引ですと今まで1800円で見ていた映画が1000円で見られるのです.
シニアになるまでは月に一回行くかどうかだったのですが,現在はシニア割引で週に一回は見ています.(見るものがだんだんなくなりますが)
シニア割引のクーポンには10回行くと二人がフリーで招待されるという特典もあります.

私は横須賀ショッパーズプラザ内のフューマックスシアターというシネコンに行っていますが,映画を見るとそこの駐車場が3時間フリーになります.1時間400円の駐車場がです.
ということで,ここ2ヶ月間でみた映画はハルク,ハンコック,ウォンテッド,アイアンマン,イーグルアイ,センターオブジアース,PSアイラヴユーその他数点です.(タイトル忘れました)
昨日みた「PS.アイラヴユー」以外は皆CGを多用したものですが,CG映画は何だか目まぐるしくて,疲れてしまいます.また,人間が空を飛んだり余りに自然法則と整合がとれていないものも多く,なんだかしらけてしまいます.その中ではそれなりに考えてあるアイアンマンが私にとってはベストでした.
スピルバーグ監修というので期待したイーグルアイはがっかりでした.一方では100年後でも実現できそうもないテクノロジー,一方は現在と同じ車での逃走です.チャンバラで高性能のライフルと戦うようなもので,やはりしらけました.
センタージアースはディズニーランドの3Dのアトラクションを1時間半続けて見ているようなものですが,長時間なので時間当たりのコストはかけられず,ディズニーのほうがはるかに迫力があります.
ところで,両眼視差を用いた3D映画は普通15分間を超えると脳に負担をかけすぎると言われていますが,大丈夫なのでしょうか.そのうちに癲癇の問題とか出てきそうです.
両目で見続けると眼精疲労が耐えられなくなるので,どうでも良いシーンは片目で見ていました.
この映画の中でものを落下させて井戸の深さを測るシーンがあります.落ちるまでの時間が3秒なので,深さは60メートルと言っていました.理系の悲しさ,直ぐに1/2gt2=Hから
井戸の深さは45メートルのはずで,60メートルはおかしいと考えてしまいます.
地球の中心近くは重力加速度が少なくなる方向なので,さらに浅いはずだなんて考えてしまうのです.
研究開発で長い間働いたひとはたとえリタイアーしてもそんな風に考えてしまうのです.

近頃の私は「PS.アイラヴユー」のようなCGが余り使われない映画の方が好きです.この映画には結構泣かされましたが「ライフ,天国で君に会えたら」に比べれば館外に出るとき躊躇するほどではありませんでしたが.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 8日 (土)

東洋化成 鶴見線

Photo_2 先日東洋化成を訪問しました.東洋化成は鶴見線鶴見小野駅にあります.
鶴見線はJR鶴見駅からの支線で,かつては京浜工業地帯の中核をなす日本鋼管や旭硝子とかの重工業の工場の通勤客で朝晩は大変混雑していました.(今も二つの工場はありますが)
鶴見駅から数分でこんな感じ,ローカル色一杯の景色になります.
駅舎は線路で分断されており,のぼり,くだりのホームへは別の改札から入らなければなりません.地下鉄なら良くありますが.

Photo_3 鶴見小野駅の時刻表です.
左の青い背景が平日,右の赤が休日用です.
お昼頃平日は1時間に3本,休日では1時間に2本しか運転していません.
この電車で午前中に企業を訪問した時は行きに必ず時刻表で帰りの電車を決めておかないと,運が悪い時には何にもない駅舎で20分近く待たされることになります.
もっとも無人駅ですので改札の出入りは自由,一度入場してもコンビに行き雑誌や飲み物を買って再入場とかも問題ありません.

Photo_4 鶴見小野駅から徒歩5分ぐらいのところに位置する日本鋼管の遊休地に5年ほど前末広ファクトリーパークという最先端企業,ベンチャー企業向けの工業団地が誕生しました.
オープン直後は廻り道で行くしかなかったのですが,その後駅となりにこんな遊歩道(車不可)ができ,街路樹を見ながら安全に歩いていけるようになりました.
数年ぶりに通ったのですが以外と街路樹は生長していませんでした.

Photo_5 この遊歩道を歩いて数分遠くに旭硝子京浜工場が見えて着ました.
旭硝子は鶴見小野駅の隣の弁天橋駅からがより近いところにあります.
この工場はかつて建築用のガラス製造の拠点として日本の建造物の窓に供給していましたが,今建築用ガラスはほとんど作っていません.(現在でも防火用網入ガラスは作っています)
現在ここでは液晶用,PDP用のガラス基板を作っております.旭硝子はPDP用の世界市場の90%程度のシェアーと独占状態にあります.
旭硝子時代にはこの工場に何回となく行っております.

Photo_6 遊歩道の途中にこんな杭がありました.
クリックすると文字が読めますが,さるすべりは鶴見区の木に指定されているのですね.初めて知りました.
さるすべりは実家にありましたが,私はそれよりも米国東海岸の都市シャーロットにあったものを思い出します.
そこには日本の数倍の大きさのさるすべりが街路樹として植えられているところがありました.まさに堂々としたケヤキのような大木なのです.それらが満開状態の時にシャーロットにホームステイしていたので,今でも強烈な印象が残っています.

Photo_7 さて,鶴見駅から徒歩10分程度で東洋化成に着きました.(途中で写真を撮らなければ5分程度で着く)
この企業はハイテクでもベンチャーとは正反対ですが、鶴見区の雇用に永い間貢献しているので、このパーク内でも一番良いところが取れました。本社があった鶴見市場駅近くの跡地はナイスのマンションができました。現在販売中です。
ところで久しぶりに来ましたがこの写真、何故か上海郊外にある外資系企業の工場を髣髴とさせます.
中国にある工場の外観はこんな感じが多いのです.最も中国の場合お昼でも鉄の門が閉ざされており,来訪の車が見えるとそのたびに守衛があけています.
東洋化成は現在アジアで唯一レコードを作っている会社です.「泳げたいやき君」の大半はここで作られました.そのときは不眠不休で作った様です.
音楽はCD,MDからiPoDで楽しむ時代になりました.
CDは年率20%以上のペースで市場が縮小しており,CD製造は日本から中国等海外に移ってしまいました.
20年以上前にCDに駆逐されたように見えたレコード(LP)は東洋化成により生き延びています.
単に懐かしいということで残っているわけでなく,レコードの音のもつ深み,やさしさが一部の人に今も高く評価されているのです.
サザンの桑田さん,ミーシャさん等著名なミュージシャンはレコードの音をこよなく愛しており,今もCD発売時に(少量ですが)レコードも発売しています.
場所ととること(大きなジャケット),丁寧に扱わなくてはならないこと(作法により音楽を聴く心構えができる)などもよい方に作用し、レコードの人気復興に寄与しているようです.
英国では移動時(通勤時とか)はiPoD、家でスコッチを飲みながら聴くのはレコード、ミュージシャンもレコードが製作できると自分も一人前になったと思うとの事で、ここ数年でレコード市場は数倍になったそうです。
レコードの音を是非聞いてください.そのあたたかな,ふくよかな音にびっくりされると思います.アナログ機器は電気製品ではなくむしろ楽器に近い存在といえると思います.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 7日 (土)

再放送

Nhk_br_1 9月26日にNHKで放送された「横須賀発ハワイアン」が 10月10日(火)11:10からの「こんにちは いっと6けん」で再放送されることになりました。
先ほどNHK横須賀支局方から連絡があったのですが、先日の放送は彼女の横須賀での初仕事だった特集コーナーの企画が局内でも好評で再放送になったようです。
私としても再度横須賀の猿島が広く知れることになり嬉しい限りです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年8月23日 (水)

花だらけ

Yuri_1 Toropical 左の画像はどこからか種子が飛んできて玄関の前に咲いたゆりです。こんなに数多くの花が咲きました。ある日雑草と違う葉がでてきて、そのままにしていたらこんなことになりました。生命の力は凄いものがありますね。
右側は玄関入り口に熱帯植物を寄せ植えしたものです。黄色のハイビスカスも綺麗ですね。
今庭のハイビスカス、ブーゲンビリアも含め沢山の花が咲いています。
今年挿し木で鉢にうえた2本のプルメリアはまだまだですが、来年は咲いてくれるかもしれません。ハイビスカス、ブーゲンビリアはどこのガーデニング屋さんでも良く見ますが、プルメリアは見たことはありません。
関東の気候では管理が難しいのでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月11日 (土)

卒業旅行

opera_house2 娘がオーストラリアの卒業旅行から水曜日に帰ってきました。成田朝の6時過ぎ着ということで、都合がついたので車で迎えに行きました。

高校時代の仲間3人でケアンズとシドニー9日間でした。2年前に女房と二人でケアンズに行きましたが、我々はオールドハワイという感じでとても気に入りましたが、若い娘達には刺激がないのではと心配しておりましたが、彼女らもノンビリ感が大変良かったようです。

反対にシドニーはアメリカから比べると小さな都市であり、買い物もそれほどでなかったようです。ただ、この写真のオペラハウスの周辺は天気に恵まれとても綺麗だったとのことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年5月30日 (月)

27年前のハワイ1

ハワイの昔の話をしたいと思います。私にとって生まれてはじめての海外旅行がハワイでした。結婚式の次の日、10月1日にオープン直後の成田からパンナムでした。私達同様新婚旅行の日本人で満席でした。しかし日本語が話せるスチュワーデスは少なく、へたな英語で飲み物などをお願いしました。

ホノルル空港に着くと現地の担当者が迎えてくれました。スーパーハワイというリーズナブルな、そして始めたばかりのツアーだったので、8人の団体での行動になりました。他のメジャーなツアーは豪華な大型バスでの移動です。小さな団体なので小回りが利きました。今ではほとんど見ることができなくなったセダンを真ん中で切断し、そこに途中に沢山のドアーを挿入したダックスフントのような胴長な車で、その最前列に座りました。レンタカーの運転の準備なのです。

当時レンタカーを利用する日本人はほとんどいませんでした。ロバーツハワイというレンタカー会社で借りました。もらった英語の地図での運転で、左ハンドルということだけでなく、道路の構造や法規も微妙にことなるので、ホテルに帰ったときはぐったりするほど疲れました。

現在とことなり当時は地名の案内カンバンとかは少なく、どこにいるのか良く分りませんでした。かなりの人が左折すべき交差点を直進してしまい、カハラヒルトンに突っ込む人が多かったです。

ここまで書くと、今とは変わってしまった固有名詞がいくつもあります。

当時世界最大の航空会社であったパンナムは20数年前に国際線から撤退し、そのご倒産しました。日本人の感覚で言えば倒産は信じられないものでした。アメリカのフラッグシップともいえるものでしたので。

スチュワーデスは今はフライトアテンダントとかの呼称になりましたね。

現在ロバーツハワイは大型バスを使った観光ビジネスに特化していますが、当時はレンタカーも営業していました。

カハラヒルトンもだいぶ前にカハラマンダリンに経営が委譲されました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)